癖を利用すれば北風も太陽
「臨時、次あっちの配膳頼む! あと向こうのテーブルに置かれた空のグラス回収!」
「はーい!」
ターゲットが居る石栗ホテルにて、俺は臨時のボーイとして働いていた。
何故かといえば単純明快、
「変なナンパされても面倒だから、ボーイとしてさりげなくそういうのから助けてくれないかしら」
薊さんがそう言って俺を紹介してくれたからである。
「雷那と一緒に行く予定だけど、食事を取りに行ったタイミングやトイレに行ったタイミングを狙われると困るのよね」
一時期お世話になっていたのもあり、薊さんがモテるのはよく存じ上げている。
そして躱すのも近くに居る誰かがフォローに入ったりもよく見ていたが、それは薊さんのテリトリーである店内での事。
ここは石栗のテリトリーな上、他の客は薊さんと立場を同じくする招待客ばかり。
何なら色々なコネやら伝手やらを持っている可能性が高く、謎のコミュ力と謎の知り合いが多い薊さんと言えども不利。
……成る程、その為にも俺っていう保険が欲しいのか……。
雷那はこう、既に何度か顔を合わせた事で色々アレなヤツだというのはわかっているし、護衛としては過剰なレベルで薊さんを守るだろう。
しかし万が一という事もあるし、ドラマや漫画でもそういった一瞬を狙って面倒なのが絡んでくるというのは定番の手。
そう考えれば保険としてもう一人くらい、信頼に足る誰かを配置させておきたいというのはわからなくもない。
「あと臨時でもお給料は出るはずだし」
「わかりました!」
そこに加えて俺の収入やらについての気遣いまで見せられては、頷く以外の選択肢など皆無だった。
店長はしっかりしつつも優しいので、働いた分の給料はくれるし深夜ボーナスもちゃんとつけてくれるのだが、まあ、俺は本当に色々と足りていないので。
薊さんには途中お世話になった分の生活費を渡そうとしたら断られ、
「そのお金で、自分の知りたい事を調べるなりしなさい。自分は幼少期に何もかもが足りなくて、何もかもを得られなかったってよく言ってるけど、それなら今から学べば良いだけだもの」
そう言われ、成る程と思った。
既に成人している俺だけれど、別に年を取ってから大学入る人だって居るのだし、何歳から学んだところで恥ずかしいだの遅いだのは無いのだ。
そういうわけで話題の本などを買ったのだが、いまいちよくわからない。
昔は近所の人がくれたお古の本や教科書で勉強したり、図書館に通い詰めて色々読んだりもしたが、テストなどをするわけじゃないせいでいまいち理解し切れていなかった。
理解し切れていないというより、記憶と記憶が繋がっていない、と言うべきだろうか。
……歴史上の人物っていうのはわかってても、織田信長と豊臣秀吉が繋がらないしなあ……。
別人なのだから当然っちゃ当然なのだが、豊臣秀吉を語るには織田信長を知っていてこそ。
なのにそこがいまいち俺の中で繋がらないのでこんがらがっていたら、最近は子供向けでもそういうのがわかりやすく漫画になってたりするしそういうの読め、と店長に言われた。
成る程と思って図書館に言ったらやっぱり人気が高いのか殆ど借りられており、給料あるし普通に買うか、と思ったら児童書というのは意外と高い。
しかも面白いのでつい買ってしまうし、けれど今後を考えると貯金はしておきたいし、と思っていたところに渡りに船。
潜入がしやすい上にお給料が出るというなら一も二もなく頷くに決まっている。
……石栗のアレコレをバラしたらお給料以前の問題になりそうな気もするけど、まあ潜入が楽になるっていうのがメインで!
給料未払いになってもめげないぞと思いつつ、ボーイとして働く。
やっている事は店員と同じなのでそこまでの問題は無い。
……客層が豪華なのが怖いけど……。
とはいえそこに怯えてても仕方ないし、怪盗塩犬としてはそういった相手とばかり相対する事が決定付けられてるので本当に今更。
よくよく考えるとこうやって潜入してなかった場合、どうやって潜入する気だったんだろう俺。
ベルギアさんは結構その辺が雑なので、潜入ルートを見つけて教えてはくれるけど実際やるのは俺となる。
危ない橋を渡るよりは安全な橋を渡る事が出来たので、本当薊さんに感謝だ。
「あ、薊さん!」
そんな事を考えていれば、長いドレスの裾をしゃらりと揺らして歩く薊さんを見つけた。
深いスリットが入っているスカート部分から白く美しい足が覗き、背の高いハイヒールの踵部分がコツリと床に触れて音を立てる。
ワンショルダータイプのドレスを着て、美しいデコルテラインと細腕を露出している薊さんは、声に反応しこちらを見てゆるりと微笑んだ。
「ボーイとしては問題無くやれてる?」
「臨時だしいきなりだしって感じですけど、カフェやバーの経験があるお陰で何とか! 臨時でそういうのの経験が無いといちいち説明しなきゃで大変らしくって、とりあえずお客様に対する粗相が無くて意思疎通が可能なら超助かる、って言われました!」
「それは良かった」
薊さんは安堵したようにクスクスと微笑む。
俺はもう薊さんのところから巣立ったというのに、彼女はいつまでも俺を庇護対象として認識してくれている。
多少は俺の頼りなさを実感もするけれど、そうやって俺を気にかけてくれているという事実は嬉しいものだ。
……いや、迷惑を掛けっぱなしなのに何言ってるんだって感じだけどな。
「と」
ふと壁に掛かっている時計を見て、気付く。
「そろそろ時間……いえこの時間っていうのは俺のアレソレじゃなくて怪盗塩犬が登場する時間帯っていう意味であって俺が準備する時間じゃないんですけど混乱があるかもって事で待機しておいた方が良いかなっていうアレがあってこの時間帯に休憩貰ったのはそういう意味じゃなくてですね!」
薊さんの美しさにうっかり気が緩んでボロを出しかけるも、落ちないよう必死に踏ん張るように慌てて弁解した。
ヤバい、色々言い過ぎてしまったような気がして嫌な汗が止まらない。
薊さんこういうの鋭いしバレたのでは。
……しかもモダン大吉の正体は雷那だし、その雷那も薊さんの後ろでこっちを睨んできてるし!
薊さんを慕っているようなのでわざわざこちらのアレコレに巻き込もうとはしないだろうし、巻き込まないようにするならモダン大吉だの怪盗塩犬だのについてをしっかり説明する、という事はしないはず。
しかし雷那のヤツは人前で普通に俺の事を怪盗塩犬呼ばわりしてくるので、いや合ってると言えば合ってるんだけど正体隠してる身としては致命傷な事をやってくれた為、疑われる可能性は限りなく高い。
「ええ、わかってるわ」
薊さんは頷き、夜に合うよう濃いめに飾り立てた目元と口元を緩ませる。
「火和良ってば怪盗塩犬の大ファンだものね」
「はい! そうなんですよ! もう本当大ファンなのでこの時間に休憩入れてもらっちゃって! なんせボーイやってるとそんな暇ありませんからね! ええはい! そういう事で!」
良かったバレなかった! 万歳!
薊さんはこういう時に鋭いイメージだったが、俺が怪盗塩犬の大ファンだと思い込んでいるからか俺イコール怪盗塩犬という思考回路にはならなかったらしい。
良かったそういう誤解をされてて。
「それじゃあ俺はこれで!」
「ええ」
手を振って別れ、休憩時間だからとボーイ用の控室に引っ込んで安堵の溜め息。
怪盗塩犬の行いとしては義賊のつもりだけれど、義を掲げようと賊は賊。
拾って世話した存在がそんな事をやらかしていると知った薊さんが多少なりともショックを受ける可能性を思えば、知られない方が良い事だろう。
薊さんは愛情深いから警察へリークするよりも秘密を守ってくれそうな気がするが、だからといってこんな面倒に巻き込みたくは無い。
彼女は既に狐仮面によってスケープゴートにまでされているのだから、尚更。
・
髪留めを使って着替えを済ませ、回り道をして客が入って来た方の扉からダンスホールへと突撃する。
既に客足は落ち着いているので利用しても問題無いし、入り口付近はそこまで人気が無かった事を把握してのものだ。
……今回は観客が多いから適当な動き出来ないんだよなあ!
うっかりで無関係の方を怪我させるなんて出来ないので、一気に突撃。
ダンスホールに入ってすぐに脚力を全力で使用して高く跳び、ギャラリーに動きを止められないよう、警察に守られている石栗の方へと一直線に向かう。
「怪盗塩犬、ここに参上!」
そう口上を述べれば、向こうの方からもジャンプしてこちらの軌道上に飛び込んでくる影があった。
「派手なのか地味なのかわっかんねえ登場をすんな!」
「色々配慮した結果だが!?」
変化さんには悪いけどこっちだって色々考えているのに。
……だってここ天井裏とか床下からドーンっていうのやりにくいし、かといって閃光玉とか小麦粉玉使うには他の人たち沢山居るし!
そう考えるともう無難に飛び込むしかないじゃないか。
そんな文句を言いそうになりつつ、空中で腰を捻ってこちらに蹴りを繰り出してきた変化さんの足首を掴み、ぐっと引き寄せ体勢を崩させる。
空中で体勢を崩した変化さんは重心が乱れ、
「ぶっ」
着地の際に変化さんを引き倒し、彼を後ろに引っ張る事で反動を用い、こちらの身を前に跳ばす。
「させるか!」
すぐさま反応した瑠璃さんが前に立ってゆく手を阻むが、
「足が長いよ!」
「はあ!?」
こちらも身長はあるが、瑠璃さんの方が十センチは背が高い。
大股開いて腰を落として確保の体勢となったなら、素早く走る為に低い姿勢で走っていたのが幸いし、途中四つん這いのようになりながら股下を潜る事に成功した。
「おまっ……本気で犬か!?」
「塩犬だ!」
「いやそれは知ってっけどな!?」
本物の犬のように股下を潜った事について言ってるんだろうが、目の前に潜れそうな股があったせいだ。
昔あまり食べられなかったせいか肉付きが悪い体だけれど、お陰で引っかからない細さだった事に感謝しなくては。
コートは裾広がりタイプなので引っかかるのではとちょっぴり冷や冷やしていたが、特に問題無かったので一安心。
「石栗! お前のそのブローチをいただく!」
「残念ながらそれは出来ない相談だな!」
ハ、と胸に輝く金で出来たウニみたいなブローチを見せつけるように胸を張り、石栗は言う。
「キミからの予告状が来たと知り、私は煌めきの星を背広にしっかりとセットした! 背広を脱がすか私の胸元に手を入れるかしないとこの煌めきの星は取れんぞ!」
成る程、なら簡単だ。
「お客様、背広お預かり致しますね~」
「ああ、頼むよ」
マズルガードでわかりにくいだろうがにっこり笑って気持ち高めの声を出して背後に回って肩へと触れれば、実に自然に石栗は背広を脱いでこちらに預けた。
「いや待てどういう術を使った!?」
「しまった! ついうっかり常に奉仕される側だった癖が!」
「バッカじゃねえのかオッサン!」
瑠璃さんが驚いて石栗が叫んで変化さんがキレて暴言を吐いていたが、変化さんは護衛側なのにそんな暴言吐いちゃって良いんだろうか。
まあ大丈夫だろう、と判断して取り返されないよう後方に高く跳び、その隙に背広から金のブローチを抜き取る。
まるで縫い込むような感じにブローチがつけられていたが、背広がこっちにあれば問題無い。
……確かにただブローチを取ろうとするなら厄介だっただろうけど、うん。
政治的なアレコレと姑息な盗難がメインなだけあって、急に銃弾をぶっ放してくるような人達と違うタイプで一安心。
よくよく考えると何も安心出来る要素は無いように思うが、いきなりミサイルで狙って来たりしないだけ優しいと思う。
いや、これは俺の優しいに対する基準が狂ってるだけな気もするけど。
「煌めきの星、確かにいただいた!」
「させるかあ!」
杉綿さんが捕まえに来たので、ブローチを外した石栗の背広を目くらましに投げる。
流石に直撃はせず叩き落されたが、しかし一瞬を稼げればどうにかなるものだ。
「じゃ!」
なのでダッシュで逃げる。
このまま逃亡出来れば楽だけれど、石栗のやらかしに関するアレコレについての証拠を探し出さないといけないのが大変だ。
・
「放せ、おい、放せってば!」
「喧しい」
「ぶべっ」
追われているところに狐仮面が乱入し、モダン大吉の方に投げられたかと思ったら首にダメージが入り、そのまま下ろされるかと思いきや腰抱えられて運ばれた。
突然過ぎる状況に困惑して暴れれば、面倒そうな声と共に落とされた。
当然ながら重力に従って垂直に落ちた俺は、顔面が床に直撃こそしなかったものの、金属製であるマズルガードが床と接触してゴヂンという重い金属音を響かせる。
地味に痛い。
「あだだ……何なんだお前は! いきなり!」
「狐仮面が逃げ惑うしか出来ない貴様を哀れに思って囮を引き受けてくださったのだ頭を垂れて感動にむせび泣き感謝を捧げろ」
「え、いや、いきなりそんな態度を取ったら取られた方も困らないか……?」
完全なる見下し顔で指差されながら言われても、ちょっとそれに頷くのは一般常識を持つ身としてごめんなさい。
お礼を言うくらいならともかく、突然そんな狂信者的対応をされても狐仮面は困ると思う。
あの人、飄々としてるけど今までの傾向からして結構感性がまとも寄りみたいだし。
「……貴様、本当に面倒な……そこまで察する事が出来てどうしてこう察しが悪い? 脳みその回路がどこかおかしいんじゃないのか? それとも一部だけ血流が悪いのか?」
「お、お前はお前でどうしたらそんなに悪意だけを的確に告げる事が出来るんだ!」
「貴様に対して悪意しか無いからだが」
「成る程」
今の俺の言葉が愚問だったという事はよくわかった。
正直言い返したいところだけど、全力で納得してしまったので致し方なし。
「……で、何で助けた」
「俺は助ける気など無かったが? 狐仮面が助けると決めたから俺は言われた通りに動いた。それだけだ。他に俺が貴様をわざわざ助ける理由があると思っているなら随分とめでたい頭をしているらしい。有り金使って精密検査でも受けたらどうだ」
「お前のその口の悪さも精密検査してもらえ!」
よくまあそんな息をするように暴言を吐けるなコイツ。
とことん合わないのを実感する。
……薊さん、こんなヤツの世話してて大丈夫なのかな……。
というか薊さんからすれば怪盗塩犬が出たと思ったら雷那が居ないという状態なのでは。
雷那を探しにやってくる可能性もあり、つまり素早く諸々を解決して雷那を返してやらないと薊さんの身が危険。
「って何してるんだお前」
「サーチ」
集音アイテムをタブレットに接続しているモダン大吉に問えば、端的にそう返された。
サーチって何だソレ。
「サーチとは探査や調査という意味だ」
「いやそれはわかるぞ馬鹿にするな! 俺が聞きたいのは何故サーチをしているかという事だ!」
「……寧ろ貴様はサーチもせずに手当たり次第行く気だったのか……?」
どこまで馬鹿なんだコイツ、という蔑みの目で見られた。
仮面越しなのにわかる見下しの目だった。
こちらは立ち上がっていたしモダン大吉は作業の為に座り込んでいて、視線の高さはこっちの方が上のはずなのに、それでもわかる程の見下しだった。
何これメンタルがめちゃくちゃ抉れる。
「わざわざ全室当たるよりもサーチした方が早いだろう。集音アイテムに関しては足音から空気の反響する音まで聞き取れる程の優れた作り。ならばその機能をタブレットに接続し、イルカやコウモリのようなエコーロケーションを疑似的に」
「?」
「貴様、柴犬よりも酷い阿呆面になっているぞ」
「柴犬はあの間の抜けた顔がとびきり可愛いじゃないか!」
「考える脳みそも無い貴様のようなイラつきしか生まない顔面と違ってな」
駄目だ口喧嘩じゃ勝てない。
言い返したらその分以上の攻撃がダイレクトに刺さってくる。
流石にメンタルが辛いので、多少距離を取って体育座りになって待機した。
「……その、エコーロケーションっていうのは」
「超音波を放ち、その音の反響からどこに何があるかを把握するものだ。そこに何かがあれば音の反響の仕方が違うからわかる。イルカやコウモリは視力ではなく、そういった超音波によるサーチ能力で周囲を把握しているわけだ」
「成る程」
そういえば前に本で読んだような。
「それの応用で、音の反響からこのアイテムが音を取れる範囲内の状態を3Dでマップ化するプログラムを組んだ。平面でも良いが、隠し部屋などを考えると3Dになっている方が汎用性は高いだろうからな」
「へぇー…………」
なんか頭良い事言ってるみたいだけど頭が良いヤツの言葉ってどうしてこうも理解不能なんだろう。
誰もがお前レベルの頭脳を持っていると思わないで欲しい。
お前が知っている事は世間の常識では無いという常識を知ってくれ。
「成る程、大体わかった」
マッピングが終わったらしく、集音アイテムの接続を外して仕舞い込んだモダン大吉は、タブレットを持って立ち上がる。
「どうした駄犬、飼い主に見捨てられて保健所送りが決定したような座り方をして」
「どんな座り方だソレは!」
ただの体育座りにどうしてそこまで言われなきゃいけないんだ。
体育座りが本気でそんな風に見えるなら、モダン大吉にとって学校の体育館で生徒達がこのポーズで待機してる姿はどれだけ悲惨に見えるんだろう。
いやまあ、今のは本気でそう見えるというわけではなく、いつまでそうしているんだという意味で言ったんだろうけど。
……それにしたって俺に対する悪意が留まる事を知らな過ぎる……。
薊さんを盲信して狐仮面を慕っているだけあって、双方の世話になっている俺がそんなにも目障りなんだろうか。
恋愛感情関係はよくわからない。
「良いからさっさと来い、駄犬。政治関係の証拠品があるだろう場所を見つけた」
「えっ!? エコーロケーションっていうのはそこまでわかるのか!?」
「わかるわけないだろう馬鹿か貴様は。先にある程度情報を集めておいて大体の条件を把握しておき、今ので得た情報から一致する部分を割り出しただけだ」
「成る程……?」
だから頭の良いヤツの言葉はもうちょっと翻訳してからにしてほしい。
馬鹿な俺からしたら殆ど外国語みたいなものなんだぞソレ。
・
政治に関する書類は確保出来なかった。
確保出来なかったというか、場所を見つける事が出来たので警察に対してバラ撒こうと思ったのだが、モダン大吉が回収してしまったのだ。
「……いや何故!?」
「貴様のやり口はいちいち直接的過ぎて無駄に危険な橋を渡っていてイライラする。その分だけ狐仮面に不要な負担を掛けている自覚を持て。貴様が狐仮面に迷惑を掛ける度に俺からの貴様へのヘイトは更新されると思えよ。このヘイトは天井無しの無限湧きだ」
「ひたすらに恐怖」
モダン大吉のやり口を何度か見た身としては恐怖以外の何物でもない事を言われてしまった。
状況さえ整えばいつでも貴様を闇に葬り去ってやるからな宣言じゃないかそんなの。
「あー……」
そう思っていれば、タブレットを仕舞って何やらスマホを操作していたモダン大吉が話し始める。
「放送の機械類をジャックさせてもらった、モダン大吉だ」
突然何言ってるんだコイツ。
頭がイカれたんだろうかと一瞬思ったが、同時に遠くから聞こえたノイズ混じりの同じ声と言葉に、察した。
……コイツ本当にジャックしたのか!?
「石栗実黒、貴様が政治的に干渉した書類はしっかりと確保させてもらったぞ。いやしかし、その他の点においては俺の負けだ。認めてやろう誇るが良い」
「おいこらモダン大吉! お前突然何をやってるんだ!」
「貴様は黙っていろ怪盗塩犬」
突然の上から目線極まった発言に待ったを掛けたところ、仮面越しでもわかる嫌悪の目で睨まれた上に中指まで立てられた。
ここ最近の思い出でも銃弾放たれたりミサイル放たれたりはしたけれど、ここまでダイレクトかつ直球な貴様が嫌いだ宣言は中々に心が傷付く。
「さておき石栗実黒、貴様が盗んだ品々が隠されている場所は把握したが、扉がどうにも見つからない。これが俺も負けを認めた部分だ。貴様は招待客を見定め、良い物を持っている客に睡眠薬入りの酒を飲ませ、仮眠室で休ませる。そうしてその間に相手が所有する良い物を盗む、という手口……そこまではわかったというのに、いや実に残念だ!」
心の傷の深さによって俺が座り込んでいる間に、モダン大吉は俺がベルギアさんから聞いた話をホテル内放送で暴露した。
本当に色々暴露しまくりじゃないかコイツは。露出狂のケでもあるのか。
「わざわざ相手が自慢していて、他の招待客もまた羨望の眼差しで見るような品を! 他の誰が盗み出していてもおかしくない品を狙い! 盗み! コレクションする! 自慢の為ではなく自己満足の為に行われる盗みまでは知る事が出来たが、隠されている部屋への扉が見つからないのではお手上げだとも! ああお手上げだ! このままでは貴様の悪事は政治関係だけになってしまう!」
演技がかった言い方な上、思いっきり笑い声混じりだった。
どこがお手上げなんだお前。
「というわけであとは貴様らが探れ、警察」
が、モダン大吉は一瞬にして興が冷めたとばかりに吊り上がっていた口角を下げ、溜め息が混ざった低い声で淡々と告げ始める。
「隠し扉を見つけ出せ。それは貴様らの仕事だろう。安心しろ、貴様らが見つけ出す事が出来たならここにある書類もくれてやる。見つけ出せないなら、貴様ら相手に渡したところで意味は無いと判断するだけだ」
警察に対してそう言い放ったかと思うと、モダン大吉はそれ以上を続ける事無くスマホを操作する。
遠くから聞こえた音からするに、ジャックしていた接続を切ったのだろう。
「…………いや何でああも煽る!?」
「喧しい」
「痛い!」
垂直にチョップを入れられた。
薊さんが軽く注意する時みたいなトスッという優しいものと違い、ドスッと直撃する感じの痛み。
しかもこの痛みしばらく残るんだけどどういうチョップなんだコレ。
「ぐおお……」
「唸るな犬。貴様はさっさと帰るなり合流するなりしろ。今回の目的であるブローチを確保した以上、貴様がここに残る理由は無いはずだ」
「ある」
何故かじわじわと痛みを増してくる頭を抱えながら、涙目になっているだろうがモダン大吉をギッと睨んだ。
目を開けている時は我ながら酷い目付きだと思うが、モダン大吉はそれに対して動揺する素振りを一切見せず、今にも溜め息を吐きそうな程に面倒そうな雰囲気をまとわせていた。
「お前がちゃんとその書類を渡すかどうかを」
「見届けるまでやるとは随分暇だな」
マズルガードをガッと掴み、モダン大吉は上半身をゆらりと傾け首をかしげ、下から見上げるようにしてこちらをねめつける。
「あの警察なら貴様と違って頭の出来が優れているからあれだけ告げれば充分だろう。しかし貴様は存在が足手纏いだ。狐仮面が貴様の思想に同意を示す限りは俺もその意思に従うが、だからといって貴様の味方ではない事を忘れるなよ。俺は狐仮面が貴様への興味を失えば容赦なく警察の前へ叩き出す」
「はい」
仮面越しでもわかる程の殺意に満ちた目ってこんなに怖いのか。
わりと殺意マシマシで攻撃してきた人は今までも居たけれど、ここまで危機を感じる事なんて無かったのに。
……何が怖いって、警察の前にたたき出すって言われてるのに死刑宣告を受けた気分になった事だな……。
あとマズルガードを掴んでない方の手、外套の中に突っ込んでいるけれど、その手には一体何を握っているんだろう。
袖越しとはいえ腕の動きから何かを掴んだっぽい事はわかったが、何を掴んだかはわからない。
俺が従わなかった時用の凶器ではない事を祈りつつ頷けば、チ、と舌打ちをしてモダン大吉は手を放す。
「…………取り返しがつかない事態にしてしまえばどうしようもなくなる分、話は早かったというのに……」
嘘だろコイツ本気で俺を仕留める気だったのか。
薊さんと狐仮面に対して強い執着を持っているのはわかるし、理解が遅い俺にイラつくのもわかるけれど、だからといって判断が素早い上に極端過ぎないかこの男。




