ホテル限定ライブ放送追いかけっこ
石栗ホテルへ狐仮面として天井裏辺りに潜入、ではなく、招待状を携えて堂々と入り口から入らせてもらった。
同行者が居ても構わないとの事なので、当然雷那も一緒である。
ちなみに雷那もまた薫に頼んで着替えアイテムを作ってもらっており、雷那の場合は指輪型だった。
……ま、とはいえドレスコードはそのまんま手元にあるのを使わせてもらったけど。
雷那用の服は流石に無かったので良い感じのを写真に撮影、着替えに用いたが、私の方は持っているドレスとアクセサリーで着飾ってみた。
どれも貰い物なのだが、日常生活で使用するチャンスが無いので丁度良い。
「なっ、店長!?」
「ハァイ」
入り口警備をしていた勲に驚かれたのでにっこり笑って手を振りつつ招待状を見せる。
雷那は無言で軽く会釈していた。
「まさか店長まで参加するとは……!」
驚きに溜め息を零す勲だが、流石の美貌なだけあって他の女性客が熱のある吐息を漏らしている。
まあ実際かなり耽美な見た目していて性癖関係なく女性に刺さるビジュアルだし、瞬き一つで周囲に花びらや羽が舞い散る幻覚が見える級なのでその反応もわからなくはない。
というか何故ここまで目立つ勲が入り口担当なのだろう。
「あんまりにも頻繁に誘われてたのと、一回参加はしたっていう義理を果たしておいた方が今後断るのに使えるかしら、ってね」
「ですが、雛菊さんから今日は怪盗塩犬が来る事を聞いたのでは? 自分達警察も配備されているので、恐らく普段よりも厳重な警備ですし……ええと」
言葉を濁そうとしたのか、しかし良い言葉が見つからなかったらしく、比較的小声になって言う。
「明け透けに言うと色々面倒だし気を張っててピリピリするしあんまり気が抜けない場所になると思います」
「うちの子達が警戒する相手っていうのは知ってるし、その時点で勲達が居なくてもピリピリするのは決定事項だわ」
くすくすと微笑めば、勲は成る程と頷いた。
「それに、何かあっても警察が居れば大丈夫でしょう? それこそ、怪盗塩犬が関係ない部分についても」
「……ええ、それは勿論です! 怪盗塩犬に関しての件も全力を尽くしますが、参加者達の安全の為にも死力を尽くします!」
「日本人って誰かを守って死ぬ事に美徳を覚えがちだけど、もうちょっと命を大事にしてちょうだいね?」
せめて両方生き残るコースで頼みたい。
戦後まだ百年経過していないとはいえ、死ぬ事こそが誉れであるメンタルが微妙に染みついているのは何なんだろう。
恥ずかしながら帰って来たとか言うけれど、生きて帰って来たのは万歳で喜ぶべき事だろうに。
「あとまあ、今日来たのはそういう事で安全が保障されてるのと同時に、それなりに早朝から夜までしっかり働くうちでも弱音を吐かずに頑張ってくれてる雷那へのご褒美も兼ねて」
「ダンスがお好きだと?」
「ダンスになぞ興味は無い」
先程会釈したのは最低限の礼儀としてだったようで、ふん、と雷那はいつも通りの尊大な態度で勲に返す。
「俺への褒美という前提からすれば、答えは明白……そう! 怪盗塩犬が来るという事は狐仮面も来るという事! わかるかこの胸の高鳴り!」
「わかって堪るか」
真顔だった。
興奮気味の雷那に対し、勲は珍しい真顔で答えた。
普段はわりと明るい表情が多いので本当珍しい。
「ええ、ゴホン……要するにそういったアレコレが重なった結果今日はここへ来た、と」
「そういう事になるわ」
「わかりました、ではごゆっくりお楽しみください。ああ、ダンスホールの方にも警備で来ている奴らが居るので、困った事があればアイツらに」
「ええ、お世話になるわね」
手をひらりと振って勲に礼を言い、中へと入る。
ホテルの最上階が思いっきりダンスホールとなっており、先んじて情報は確保していたが実際は思っていたよりもずっと広い。
まあ高級ホテルなのでそんなものか。
「おや、菊狐殿ではありませんか! いやあ本日もまたお美しい!」
「うふふ、ありがとうございます」
石栗に挨拶をされたので、スカートの裾を摘まんで軽くカーテシー。
動きからこちらの手を取ろうとしたのが察せたので、先手を打っての動きである。
少なくとも手が何かを掴んでいたら無理やりその手を取ろうとは出来まい。
「ああ、それとこちら、私のお店で働いてくれている雷那です」
「さようですか、それはそれは」
「ところで」
私は石栗が胸につけているブローチを手で示す。
「いきなりで不躾なのですけれど、そちらのブローチ……それが本日怪盗塩犬に狙われていると噂の?」
「ええ、そうなのですよ! 私の大事なお気に入りなので奪われるわけにはいきませんからね! ですのでダンスパーティーには不釣り合いな警官達が配備されるのを許容し……おっと、他にも挨拶をしなければならないお客様が」
「あら、それならそちらに」
「慌ただしくて申し訳ない」
「いいえ、それでは」
再びスカートの裾を摘まんでお辞儀をし、他の客へ声を掛ける石栗の背を見送り、溜め息を吐く。
「……やっぱり、こういう公的とも言える場っていうのは苦手だわ。どういう態度が正解なのかわからないもの」
「そうなのですか? 堂に入っているように見えましたが」
「ありがと、雷那。でも出来ると得意は別物よ。取り繕う事は出来たって、どうにも苦手っていうのはやっぱりあるわけだし」
なによりこういった場は肩が凝っていけないわ。
そう愚痴りつつ、軽く揉んで肩をほぐす。
「個人的にはもうちょっと気楽な場の方が好きなのよねえ……」
「見た目だけ見るとかなり似合っていますが」
「見た目だけ、ってわかってるじゃない」
クスクス笑って雷那の眉間を指先でつつく。
「実際その通りよ。軽ーくラフな挨拶をしたら後は好き好きに、っていう方が好みだわ。そもそも私は敬語があんまり得意じゃないし、こういう……表面を繕っている場っていうのはどうしてもね」
表面を取り繕う時というのは、大概にして苦手な相手と相対する時がメインだからだろうか。
苦手な相手と必要以上の話はしたくない、という事で心に壁を作って踏み込めないようにする為、結果的に表面を取り繕うという事となる。
まあ苦手な相手というのも事実なのだが、だからこそわざわざ接触するというのが面倒だ。
……普通に潜入すれば良かったかしら。
しかしこのホテル、高級ホテルなだけあってセキュリティは無駄にレベルが高い。
それこそ個人所有の屋敷とかならともかく、お金持ちな一般客が利用するホテルという事もあってか隙が少ないのだ。
まあ下手すれば今後は個人所有の屋敷だからこそアホな設備を盛ってくる輩も居るかもしれないし、薫に相談するか考えておこう。
「あ、薊さん!」
良かった見つかって、と糸目のまま頬を緩めて近付いてきたのは、ボーイの格好をした火和良だった。
そう、わざわざこうして招待客としてやってきたのはセキュリティが高いから。
しかし本命は、そんなセキュリティが高い場所に火和良を潜入させる為、である。
「ボーイとしては問題無くやれてる?」
「臨時だしいきなりだしって感じですけど、カフェやバーの経験があるお陰で何とか! 臨時でそういうのの経験が無いといちいち説明しなきゃで大変らしくって、とりあえずお客様に対する粗相が無くて意思疎通が可能なら超助かる、って言われました!」
「それは良かった」
要するに招待客として来た、という名目で、ボーイが足りてないなら火和良をどうぞ、と紹介したわけだ。
流石に参加するわけでもないのに突然紹介するのは怪しいので、結果こうして参加する事になったのだが。
……ま、怪盗塩犬がニュースで結構話題になってるし、実際人気もあるのよねえ……。
話題性がある張本人が来ると聞けば、普段来ないような方々も参加する。
そうなると人数が増え、給仕の手が足りなくなる。
なので丁度良いのでは、という感じでねじ込んでおいた。
ちなみに火和良への言い訳は単純明快、
「変なナンパされても面倒だから、ボーイとしてさりげなくそういうのから助けてくれないかしら。雷那と一緒に行く予定だけど、食事を取りに行ったタイミングやトイレに行ったタイミングを狙われると困るのよね。あと臨時でもお給料は出るはずだし」
「わかりました!」
そんな感じで説得した。
金持ち相手だと権力的な問題もあって断りにくいというのを仄めかして心配を煽りつつ、ラストにお給料をチラつかせてのトドメである。
まあ火和良の事なので心配を煽るだけで応じてくれただろうけど、お給料が出る云々はちゃんと説明しておくべきだろう。
「と、そろそろ時間……いえこの時間っていうのは俺のアレソレじゃなくて怪盗塩犬が登場する時間帯っていう意味であって俺が準備する時間じゃないんですけど混乱があるかもって事で待機しておいた方が良いかなっていうアレがあってこの時間帯に休憩貰ったのはそういう意味じゃなくてですね!」
「ええ、わかってるわ。火和良ってば怪盗塩犬の大ファンだものね」
「はい! そうなんですよ! もう本当大ファンなのでこの時間に休憩入れてもらっちゃって! なんせボーイやってるとそんな暇ありませんからね! ええはい! そういう事で!」
だっばだばな冷や汗が色々物語りまくっているが、指摘せずに微笑んでおく。
「それじゃあ俺はこれで!」
「ええ」
手を振って去っていく火和良にこちらも手を振り、ほっと一息。
「……薊様、やはりあの馬鹿に協力するメリットは無いような気が……」
「良いのよ、いつもの事だし」
酷く不満げな表情の雷那にそう言って、その金髪をよしよしと撫でる。
「でも、ありがとう」
「……俺は何もしていません」
「何もしない、をしてくれたでしょ」
雷那は雷那なので、火和良相手に怪盗塩犬だと堂々言う。
うちの店内なら別にそのくらいは誤魔化せるので良いけれど、怪盗塩犬が来るとされている現場でソレは悪手だと思い、言わないようにと言っておいたのだ。
まあ、言わないようにするイコール喋らないという事になったようだが。
……口を開けば煽っちゃうって自覚があるのね……。
しかし、思ったよりも時間が経過していたらしく、そろそろ予定時間となった。
何なら直前まで、この状況を利用して瑠璃を捕まえて一緒に踊って足止めを、と考えていたが無しで良いだろう。
時間帯を知っているのに今この時間から誘うのは明らかにおかしいし。
……そも、時間が直前になったからか石栗の周囲が固められ始めてて、視線が集まってるのよねー……。
そこに飛び込んで一緒に踊ってとか空気が読めないにも程がある。
「薊様、お飲み物は」
「いただくわ」
「はい、どうぞ」
そう言って雷那が差し出したのは、オレンジ色に染まったシャンパングラス。
持ち手がついた細長いグラスを持ち、雷那はにっこりと笑う。
「オレンジジュースです」
「お酒じゃないの?」
「酒を飲んだ直後に派手な動きはよろしくないと判断したので」
「それもそうね」
そう簡単に酔うタイプでは無いけれど、賢明だ。
微笑み頷き、グラスを受け取ってくいっと傾け中身を飲む。
……うん、オレンジジュース。
炭酸とかも無いオレンジジュースだが、お酒も炭酸も苦手な人からすればこれ一択になるのだろう。
そう思っていれば、火和良が去っていったのとは別の扉、客が入ってくる方の扉から高いジャンプを繰り出して石栗の方へと跳んでいく影があった。
「怪盗塩犬、ここに参上!」
「派手なのか地味なのかわっかんねえ登場をすんな!」
「色々配慮した結果だが!?」
「ぶっ」
軌道上に割り込んで空中回し蹴りを繰り出しつつツッコミを入れた七だったが、怪盗塩犬もそれに負け時と叫びつつ無理やり空中で体勢を整え、繰り出された蹴りの足を掴みながら着地し、七を引き倒す動きの反動を利用してぐんっと再び前へと跳ぶ。
「はぁーい、避難する人はこっちだよ」
一方、避難経路として確保されていたのだろう大き目の扉を開け、その前で星夜が呼びかける。
その横では蓮もまた誘導に加わっていた。
「慌てず騒がす避難してくださーい! 怪盗塩犬にキャーって言ってないで! あの! お願いだから素早い避難を! ちょっとー!?」
「金花、やはりテープか何かで客と怪盗塩犬を分断して物理的に距離を取らせた方が良かったんじゃないか? 日本人ならわざわざ張られたテープ向こうにごり押しで行こうとする馬鹿も居ないだろうし、万が一居たら公務執行妨害と判断出来る」
「いや、僕らそれが出来る立場ならそもそもパーティ開かせてないからね待草……護衛対象が一番に拒否って来たし」
苛立っている様子の宵色に、蓮は肩を落として苦笑しながらそう答えた。
そう、この世界において警察は金と権力に弱い為、こんなパーティに参加出来る人達が相手では分が悪い。
分が悪いというかなんというか、捕まえようとしても金と権力で揉み消されるのがわかっているし、何なら警察側がやいのやいの言われて最悪尻尾切りされるし、みたいな葛藤。
そういう世界だからこそ怪盗塩犬が誕生となる、という設定なのだが、実際生活する身としてはもうちょっと治安によろしくなってもらいたいものだ。
……ま、元々の世界だってそうじゃなかったかって言われたら知らないけど。
世間一般が知られないよう揉み消されていた事例は、当然のように存在したのだろう。
生憎とその世間一般枠だったから気付けなかっただけで。
……あとまあ世界が混じってるって気付いたのは二十歳超えてからだし、それ以前って事は未成年だものねえ。
未成年時代にそんな生臭さぷんぷんの世界に興味持てるかと言われるとノーなので致し方なし。
経済に興味持つよりも丁度良いお化粧の仕方や就職をどうするかと考える時期である。
・
誘導に従う振りをしてあの場から離れ、こっそり人の波からはぐれたようにして離脱し、監視カメラが無い位置を狙って狐仮面とモダン大吉の姿へと着替える。
「じゃ、軽くからかってくるわね」
「ご武運を」
モダン大吉の言葉にピースを返し、目的の物を奪取して廊下をダッシュしている怪盗塩犬と警察の間に閃光玉を投げ入れる。
「「「うわあっ!?」」」
突然の光に直撃した警察側が動きを止め、突然背後からの光と悲鳴が発生して立ち止まって振り返ろうとする怪盗塩犬の前に割り込む。
「なっ、狐仮面!」
「はいはい、その通りよん」
怪盗塩犬の胸倉とベルトを引っ掴み、待機しているモダン大吉の方にぶん投げる。
モダン大吉は投げられた怪盗塩犬の襟を掴んでキャッチした。
「ぐえっ」
……だ、大丈夫かしら。
掴むにしたってぐるんと回転して遠心力で投げられた力を緩和させるかと思いきや、まったく無し。
結果体重プラス投げられた威力が怪盗塩犬の首に直撃した気がするが、うん、多分大丈夫だと思おう。
怪盗塩犬って病気に対しての耐性はそこまで強く無いけれど、頑丈性に関しては結構高かったはずだし。
「……っ、またお前か狐仮面!」
「ええ、その通りよ刑事さん。怪盗塩犬を捕まえたいならまずはこっちを捕まえなさいな。将を射んとする者はまず馬を射よ、って言うじゃない?」
「お前は狐だろう、がっ!」
「まあそうなんだけど」
掴みかかって来た瑠璃をひょいっと避ける。
「逃がさないぞー!」
「逃げるわよーっと」
避けた先でスタンバイしていた菊の手を、その手首に軽く手を添えて動きを誘導する事で潜り抜けるように避ける。
続けて他の皆も迫って来たので、バク転しつつ壁を蹴って距離を稼いだ。
「ほらほら、猟犬が目の前の獲物を逃がして良いのかしら?」
「残念ながら俺達は猟犬じゃなく、猟師の方だ!」
「それもそうねえ」
つかず離れず、しかしうっかりで捕まったりもしないような位置を保ちつつ走る。
石栗の事だからどうせ監視カメラ越しにこれらを公開しているんだろうなと思いつつ、ご要望通り出来るだけ監視カメラのある廊下を走りながら、だ。
……政治的に地位を高めようとする傾向が強いものねえ、彼。
だから面倒臭いのだが、逆に言えばわかりやすいっちゃわかりやすい。
今回来ていた客も地位が高かったり、地位が高い人のお気に入りだったりとわかりやすい客人ばかり。
加えて怪盗塩犬に興味を持っているとされる方々も多かったので、そういう意図もあるのだろう。
そう、媚びを売るという意図が。
……そりゃ避難先でこういった追いかけっこが見れるとなれば、金持ちの道楽としては最高よねえ。
何せ警察がおちょくられているのだから、彼らからすれば楽しい上映時間となるだろう。
おちょくっておいて何だが瑠璃達を笑いものにする輩にはちょっとばかし言いたい事もあるけれど、ここで監視カメラを避けて相手の不満を煽るよりは多少従っておいた方が都合がいい。
……下手に不満が溜まると、映像で見れないなら直に見ようとする馬鹿が出るかもしれないし。
そうなるとこっちも逃げ道確保がやり辛いし、警察側の責任になっても困る。
いやまったく、自分が狙われたのも材料に、自分のブローチを犠牲にしてでも、石栗はこういった媚び売りの方を選んだらしい。
元々あのブローチ自体、石栗にとっては記念品みたいなもの。
他より執着が強いけれど、地位を向上させることが好きな石栗からすれば犠牲にしても惜しくは無い物なのだろう。
……で、迎撃系の何かを充実させるよりもこうして追いかけっこをって事ね。
しかしまあ、そろそろのはずなのだが。
『あー……放送の機械類をジャックさせてもらった、モダン大吉だ』
「何っ!?」
ノイズと共に始まった放送に、瑠璃達が立ち止まる。
スピーカーが設置されている天井を見上げる彼らを見て、私も窓側に身を寄せながら立ち止まった。
……思ったより時間が掛かったわね?
『石栗実黒、貴様が政治的に干渉した書類はしっかりと確保させてもらったぞ。いやしかし、その他の点においては俺の負けだ。認めてやろう誇るが良い』
『おいこらモダン大吉! お前突然何をやってるんだ!』
『貴様は黙っていろ怪盗塩犬。さておき石栗実黒、貴様が盗んだ品々が隠されている場所は把握したが、扉がどうにも見つからない。これが俺も負けを認めた部分だ。貴様は招待客を見定め、良い物を持っている客に睡眠薬入りの酒を飲ませ、仮眠室で休ませる。そうしてその間に相手が所有する良い物を盗む、という手口……そこまではわかったというのに、いや実に残念だ!』
高笑いをするような声のどこにも残念さは見当たらない。
寧ろ口先だけでそう言う事により馬鹿にするような声色だ。
『わざわざ相手が自慢していて、他の招待客もまた羨望の眼差しで見るような品を! 他の誰が盗み出していてもおかしくない品を狙い! 盗み! コレクションする! 自慢の為ではなく自己満足の為に行われる盗みまでは知る事が出来たが、隠されている部屋への扉が見つからないのではお手上げだとも! ああお手上げだ! このままでは貴様の悪事は政治関係だけになってしまう!』
盗難の罪が足せなくて実に残念だ、とスピーカーから聞こえるモダン大吉の声は笑っていた。
『というわけであとは貴様らが探れ、警察。隠し扉を見つけ出せ。それは貴様らの仕事だろう。安心しろ、貴様らが見つけ出す事が出来たならここにある書類もくれてやる。見つけ出せないなら、貴様ら相手に渡したところで意味は無いと判断するだけだ』
ブツッという音が響き、スピーカーからの音が止む。
どうやらジャックを終えたらしい。
「犬も狐も狸も、どいつもこいつも馬鹿にしやがって……!」
髪をガシガシ掻き乱した瑠璃が、こちらを睨む。
「今のはお前の指示か?」
「あら、どう思うの? 私達ってチームに見える? その中でも私が司令塔に見えるって話かしら?」
「…………チッ」
瑠璃は舌打ちをして視線を逸らす。
チームには見えない、という事だろう。
……まあ、それぞれ個性が強すぎるものね。
モダン大吉に関しても狐仮面の仲間というよりは怪盗塩犬の敵というイメージだろうし。
「ところで、折角私がここで立ち止まってるのに捕まえなくて良いの?」
「お前を捕まえたところで、暴くべき部分を暴けなくなったら意味が無いだろ。それともお前を捕まえれば、隠されている扉の位置を教えてくれるってのか?」
「残念ながらそれは無いわ。知ってたらさっさとそこに逃げ込んでるわよ」
「だろうな」
溜め息を吐き、瑠璃は今にもこちらに飛び掛かりそうな部下達を腕一本によるジェスチャーで軽く制し、視線だけで壁を見る。
「……部屋はあれども扉が見つからない? そんなはずはない。部屋があるなら扉がある。扉とわからない扉がある。ピラミッドにだって扉はあった。そして盗みが行われていて盗品をコレクションしているなら尚の事頻繁に出入りする場所。そういった場所は人の出入りが少ない場所にある……」
と、いう発想の裏くらいは掻くだろうな。
瑠璃は鋭い目で壁を見つめたままそう言った。
「少なくとも人が居る時に出入りはしないだろうから、その分人気が多い場所を狙う可能性が高い。当人が出入りしやすい場所を選ぶだろう。そう考えるとこのホテルのこの階がベスト。他の階だと他人が利用するが最上階となればオーナーの許可が必要な上、頻繁にパーティを開いているからこそパーティの計画を立てているという前提なら最上階へと用もなく窺っても不思議は無い」
カツカツと靴音を鳴らし、瑠璃は静かに壁へと近付く。
「人の出入りがある、しかし人が迷い込まない位置が最善。パーティ会場では誰がどこを触るか不明な上、踊る気は無い者が壁にもたれ掛かればバレかねない。しかしそういった不意に発覚する危険性さえ無ければ、警備やセキュリティを現状にする必要性は無い。わざわざ厳重にしても面倒だ。警戒の必要性が無い場所をチョイスしたならそれは尚更だろうな」
つまりここだ。
そう言った瑠璃は近付いた壁の上の方を指先で軽くタップ。
そうする事で、その場がうすぼんやりと光った。
「うっかりで触れたりしない位置、かつ、一度タップした程度じゃ開かない。しかし発光する事でうっかり場所を忘れてもわかるようになっている。この角度、かつ不意に触れただけなら光っているかもしれないとは思わないだろうし、仮に気付いてもわざわざもう一度触れようとは思わねえだろうよ」
こういう状況じゃなけりゃあな、と瑠璃はもう一度そこをタップする。
それと同時に、瑠璃の正面にあった壁に真っ直ぐの亀裂が入り、僅かにへこんだかと思うと左右の壁に吸い込まれるようにして開いた。
「……成る程、これは確かにコレクションルームのようだな。どうしてこういうヤツらはコレクションルームを作りたがるんだか……」
中に足を踏み入れてぐるりと見渡し、瑠璃は頭をバリバリ掻きながらそう零す。
「三年四か月十一日前、手に入れたばかりの一千万程するブレスレットが盗難にあったとの届。五年二か月三日前、嫁入り時に持ってきた家宝の簪を失くしてしまったとの届。二か月二十日前、男に買わせた大粒のダイヤをあしらった高級指輪が盗まれたとの届」
低い声でそれらの事例をそらで読み上げ、瑠璃はギロリと監視カメラを睨みつける。
「俺も知らない物が幾つかあるが、大半はそういった届で見覚えがある物だな。伝え聞いた特徴、写真にあった特徴と一致している。……避難先で待機してるのは森鐘と立麝だったな? 石栗実黒を逃がすなよ」
「あっ、雛菊さん連絡入りました! 放送時点で逃げ道を塞ぎ、その隠し部屋が見つかった時点で確保済みだそうです!」
「よし、よくやった杉綿」
「やったの俺じゃなくて二人ですけどねー」
瑠璃に褒められたのが嬉しかったのか、えっへへ、と菊は表情を綻ばせる。
うんうん、正直言って雷那でも見つけられないなんてどうしようと思っていたので本当良かった。
そう思いつつ、怪盗塩犬が前にガラスケースを割るのに使っていたアイテムを用いて窓を割り開ける。
「っ、待て、逃げる気か!」
「もう追いかけっこする感じでも無いでしょ? この後も色々後処理大変でしょうし体力は温存しておきなさいな」
それじゃあねー、と飛び降りる。
高級ホテルの最上階なだけあってかなり高い位置だが、ホテルというのは窓があるもの。
高い位置のホテルとなると窓が開かない仕様になっているものだが、それでも窓枠などはあるので、それらの僅かな出っ張りを蹴って掛かる重力を調整。
時折壁を蹴って角度などに調整を入れていけば、多少の時間は掛かったが無事に地上へと着地出来た。
……ある程度の高さになった時点で着地用のクッション使えば良かったかしら?
まあ無事に着地出来たのは事実なので良いや。
高い位置からの着地がやりにくいのはその間に掛かる重力やらが体に掛かる事に耐えられないだけであって、今回みたくこまめに分散すれば良いだけの話だし。
・
「いえ、普通に隠し部屋への道についてはわかってましたが」
「そうなの?」
「はい」
帰って来てシャワーを浴び、髪を乾かしている間に雷那が入る。
髪が乾く頃に雷那が出てきたので、ソファに腰掛けて膝にワンを乗せつつ本日の行動についての疑問点を聞いてみれば、あっさりと笑顔でそう返された。
「ですが警察側で発見したというのは大きいもの。監視カメラをジャックして確認したら丁度良い位置に居たので、どうせなら来客達のご要望通り、見る価値がある動きでもしてもらおうかと」
「なーるほど」
私と同じように見ている人向けの動きを取ったわけだ。
というか今思えば、私は単純に見栄えの為にと監視カメラが多い場所を走っていたのだが、万が一が無いようにコレクションルームの近くに監視カメラを多く置いていたとかだったりするんだろうか。
うーん今思うとあり得る。
「というかジャックって簡単に言うけど、どうやったの?」
「いえ本当に簡単なもので……流石に放送室の人々をぶん殴ってジャックするのは薊様のお気に召さないかと思い、電波の方を確保してこちらに主導権を寄越すだけのものにしましたし」
「そっちの方が凄くないかしら」
「そう言っていただけると嬉しいですね」
にっこー、と雷那の笑みの光度が増した。
夜中なのにとっても明るい。
「……ん? あれ、そういえば結局書類とかって渡したの? 私が帰って来たのと同じ頃に帰って来てたけど、私を逃がしたものだから警察もしつこく追いかけてきそうなのに」
「そうなると思い、警察用の車の中に書類の束を置いていきました。夜遅くまで働く貴方に素敵な贈り物を、というヤツですね」
「そのプレゼント、残業って名前だと思うわ」
必要なプレゼントだけどそれがあると尚更大変度が増すというジレンマ系。
警察とはかくも大変な職業らしい。
「……ところで、俺からも一つ」
「どうしたの?」
雷那は笑みを崩して思春期の少年の如く恥ずかしげに目を伏せ、口をもごもごさせながら顔ごと視線を逸らした。
「その寝間着は大変魅力的ですが、俺には刺激が強すぎるので、上からバスローブか何かを羽織っていただけると……」
「今更でしょ。慣れなさい。私は私の好きな物を着ていたいの」
「俺が貴女を崇拝していて手を出せないとわかっているからって生殺しだ……!」
両手で顔を覆ってしゃがみ込まれてしまったが、大事なところはちゃんと隠れてるタイプのベビードールだから問題は無いだろうに。
全部がシースルーならともかく、私が着る寝間着はそういうわけでもない。
……それに、こういうのはやっぱり若い内に着ておきたいし。
一応は年相応にそういった欲があるらしい雷那には悪いけれど、そこはもう見慣れてもらうしかあるまい。
大丈夫大丈夫、動物だって考えようによっては全裸に毛皮コートなので、それに比べればまだマイルドだ。




