其の十
霧とともに現れた骸骨は、朧鼠をまるで毛皮の鎧のように全身にまとい、所々刃の欠けた巨大な斬馬刀をその手にしていた。錆の浮いたその巨大な剣は、切るというよりも叩き潰すのに向いていそうな代物である。五階建てのビルくらいはありそうな骸骨を見て、うっかり本音がポロリと漏れた。
「めんどくせえな」
タロウの独り言に面白そうな視線を送るコウホネと、正気を疑うような視線を向けるテイテツ。サカキはと言えばその言葉を聞いて爆笑していた。
「ほんっとに面白いやつだねえ、タロウ。あれ見てその言葉が出て来るのは大物だよ」
「まあ、お気持ちはわかりますがね」
ミノすら苦笑しつつそう言ってくるのを取り繕うように、悠然と聳えたつデカい骸骨を油断なく探った。
「いや、あれ殴っても切っても効きづらそうだなと思いまして」
ただのデカいだけの魔獣ならその造りはだいたい同じである。足を狙うか頭を狙うか、もしくは消耗戦でも少しずつ腱などのつなぎ目を狙って弱らせることが出来る。だが、あれは。
「集合体だと壊れた部分は入れ替え、本体も骨だから痛覚とかなさそうだよね」
うんうんとうなずくコウホネの言葉に、ほっとしつつうなずいた。
「そうなんですよね。どっから攻めます?」
「頭」
「足」
頭を狙えと言ったサカキと、足を狙うといったミノが顔を見合わせる。
「頭粉砕すりゃあとは烏合の衆だ、何とでもなる」
「足狙わんとあのでっかい刀振り回されたら厄介でしょう」
「そんなら腕狙ったがいいだろうがよ」
「届くんならどうぞご勝手に」
「ちょっと、来ますよ!」
何一つ噛み合わない会話を繰り広げる魔術師二人に、テイテツの引きつった声が響く。それを合図にしたかのように、巨大な斬馬刀がこちらに向けて振り下ろされようとしていた。
巨大な骸骨から振り下ろされる一撃は、地を割って粉塵を巻き上げる。朧鼠どものまとう霧と相まって視界がほとんど遮られてしまった。通常ならば、戦闘など続けることのできないほど不利な条件だ。どう考えても逃げるのが正しいのであろうが。
「意外とかてえな。怪物のくせにやるじゃねえか」
斬馬刀に飛び乗って腕の骨に連撃を入れている魔術師と。
「『地にありて我らを満たす至高の御方。公を騒がし仇をなすこの哀れなるものを包み込み癒し給え』」
足元で蔓の植物を生やし、絡みつかせて動きを止めている魔術師がいる。
「僕夢見てる?」
「魔術師に最前線任せるとかわけわからんのに最適ってどういうことよ」
音と匂いに敏感な獣人と魔力探知に優れた妖精族ならともかく、明らかにあの二人は探知系でも獣人でもない魔術師だ。踏んだ場数が違うのか、それとも単純に規格外の生き物なのか。現実逃避を始めるコウホネとテイテツにうなずきつつも、タロウたちはどこからともなく湧いてくる人サイズの骸骨たちと零れ落ちた朧鼠の相手を務め、二人の邪魔をさせないよう雑魚狩りに専念することにした。
「おっとっと」
「足腰弱ってるんじゃねえですか」
骸骨の腕に乗って曲芸じみた動きをしながら殴り続けていたサカキが、トン、という軽い音とともに降りてくる。それを茶化したミノに首を傾げつつ答えた。
「いんや、片方の腕を殴り壊したんで、もう一本と思ったんだがよ」
振り落とされた、とサカキが言う。それと同時、バキン、とひび割れた乾いた音を立てて拘束されていた足が根元から折れて崩れていく。その周りをバラバラに引きちぎられた蔦が舞うようにしてゆっくりと落ちて行った。
「うわっ」
「ギャア!」
「倒れるんなら教えてくださいよ!」
雑魚狩りにも飽きてきたのか、身の入っていない動きをしていたタロウたちのほうに向かって倒れこんできた骸骨に、口々に悲鳴が上がる。
「すまん」
「申し訳ねえですね」
魔術師たちの予想外の方向に倒れたらしく、二人とも素直に謝ってくれる。二人のほうに近づくと、壊れた足のほうを指さして教えてくれた。
「ほら、普通ならこっちに倒れて来るんだよ」
見ると、骸骨は倒れてきたのとは反対側の足が破壊されている。つまり、バランスを失った側の足のほうではなく、残っている足の外側にわざと倒れこんできたらしい。魔術師組にほぼ攻撃が通らなかったため、タロウたちを巻き込もうとしたのだろうか。
「少し変だね」
いち早く気づいたのはコウホネで、魔力が骸骨の周りを渦巻いている、と警告する。それに応じて皆が結構な距離をとった次の瞬間。ボコリ、というくぐもった音がして骸骨の倒れこんだ地面がへこんだ。
沼のように液状化した一帯の中、骸骨は武器ごと飲み込まれるように沈んでいく。まとわりついていた鼠たちもギイギイと悲痛な声をあげながらもがき、泥の中へと消えて行った。
「なーんだあ?」
「ほほう」
顰めすぎて凶悪な面になったサカキと、面白がるように目をきらめかせるミノ。警戒する普通の冒険者である三人は不安そうに沼地と化した穴を見ている。ボコボコと泡立つように空気が水面に浮かんでくると、ドロドロになった巨大な手らしきものがゆっくりと沼の縁を探り、ようやくつかめるところを見つけたのか、ざぶりと波をたてて巨体を引き上げた。
「やっとこさ本気になったってことでいいのかね」
「ちょっと見栄えが良くねえですな」
嬉しそうに笑うサカキと、ばっちい物を見た、とため息をつくミノ。あくまでも動じない二人を確認して頼もしく思いつつも、出てきた怪物に視線を向ける。
恐らく巨大な骸骨をそのままベースにして、朧鼠で失った腕と足を補い。泥を固めて武器と鎧を再構成したらしい。念入りにつくられたそれは、先ほどのぼろぼろの斬馬刀と違い光沢のある土の色で、切れ味もよさそうだ。鎧に至っては鎖帷子と具足まで再現されている。
「いったん逃げません?」
蹴り技が主体のテイテツが提案するも、あっさりと却下された。
「こいつ引き連れて帰っちゃかわいそうだろ」
「サカキさん戦いたいだけでしょ」
コウホネが笑顔で突っ込みを入れる。サカキ以外の全員がそうなんだろうな、という顔をして乾いた笑いをもらす。
「まあそこの戦闘狂の言葉にも一理ごぜえますが」
ここはてっとり早く済ませましょう、とミノが詠唱を始める。
「あっ、ばかやめろ!」
詠唱を止めようと殴りかかるサカキを全員で止め、それほど長くもない詠唱が終わりを迎える。
「……公に捧げる贈り物を、享受し給え、その姿を顕し給え』」
鎧の内側から緑色の鮮やかな蔓が伸び、巨人と化した怪物の全身を恐ろしい速さで覆っていく。苦しむように体中をかきむしる傍からぼろぼろと土くれへと戻った体が崩れ落ちていき。やがて、ボトリ、と胸のあたりから見たこともないような巨大な種が零れ落ちた。
沼地に落ちた種はみるみるうちに芽吹いて根を張り、幹すらも太く成長して。もともとあった怪物の胸を背中から貫くようにして巨木と成る。貫かれた怪物はもがき、その手は武器を手放して宙を掻く。そうして天を仰ぐような体勢のまま、端から光となって霧の中に紛れていった。
「ほんと木魔法ってのはえげつないな」
「使い手が少ないのが唯一の救いだねえ」
テイテツが恐れをなしたように巨木から目を背け、コウホネが緊張した息を吐く。
エルフにすら使い手が少ないと言われる木魔法使い。その神髄をタロウははっきりと目に焼き付けたのであった。




