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三匹迷宮物語  作者: 九十
遊都にすまうもの
180/182

其の九

 湯船からほうぼう()い上がった男たちの一人が叫ぶ。

「なんだあ、地震か⁉」

「んなわけあるか! 島全体に保護魔法がかかってんのにここまで揺れるわけねえだろ!」

「けどよお」


 ガヤガヤとあちこちで言い争う声と湯を飲んだらしいゲホゲホとむせる音が騒々(そうぞう)しく場を(さわ)がせていた。タロウはと言えば後者で、思いっきり飲んでしまった()を肺から必死に追い出そうとゴホゴホせき込んでいる。そんな風にざわついていると、浴場の外からガラリと戸が開かれた。


「皆さんお怪我はねえですかい」

 監視役たちを引き連れて、(かしら)であるミノが姿を見せる。妖精族の一種である有角族で、人の姿でありながら(ひたい)の横から二つの角を生やしており、その角には魔術であろう紋様が規則正しく刻まれていた。

(かしら)ア、これどうなってんだ」

「ちょっと腰打っちまったよ、明日の労働は休ませてくれえ」

「テメエはそんなんで怪我するタマじゃねえだろ」

 存外(ぞんがい)元気に返事をしてくる男たちを一通り見渡して、色の薄い目をすっと細めたミノは、たった一言でその場をさらなる混乱に(おとしい)れた。


「どうも、この旅館を含む一帯ごと迷宮化したようでして」

 水を打ったように静まり返った後に、絶叫がこだまする。

「嘘だろ⁉」

「んなわけあるか!」

「それが、嘘じゃねえんだなあ」

 監視役の一人、人間族のどう見てもチャラ男スタイルの監視役、ダブルが外見てみろ、と目隠しの垣根(かきね)の外を指さし。一斉にその場のやつらが外を確認すると。

「どこだよここ」

 山の中腹にあったはずの旅館は、近くの谷も道も消え去って、碁盤(ごばん)の目をした街並みと遠くにそびえ立つ巨大な朱塗(しゅぬ)りの門が存在する土地へと一変していたのであった。




 旅館にあてがわれた大部屋で、労働者の男たちと監視役の男たちが言い争っている。中心となっているのは魔封じの文様を入れられたサカキたち魔術師たちで、このままギルドの助けを待つよりも自分たちで迷宮から出たほうがいいと主張していた。

「そうは言いましてもね。そもそも迷宮の難易度すら私らには察しもつかねえ。幸いこの旅館は古代魔術の防護魔法がかかったままの古い建物ですし、籠城するに十分な食料もある」

「そりゃわかるがよ、ミノの旦那。こっちゃあんたたちよりは迷宮が専門だ。金勘定よりもな」

「冒険者の勘か。当てになるものですかねえ」

「いいかい、旦那。迷宮ってのは全く解明されていないわけじゃねえんだ。特にこんな風に建物と人をまるっと飲み込んじまうような迷宮は質が悪いって俺らは知ってる。あんただって知らねえわけじゃねえだろ?」

「黄金王の迷宮の話ですかい。ありゃおとぎ話くらい昔の話でしょう」


 黄金王の迷宮とは、子供の欲深さをたしなめるために話される逸話の一つである。

 昔々あるところに黄金が大好きな王様がいました。黄金を求めた王様は、国中はもちろん、国外からもすべての資源と引き換えに黄金をお城に集めては楽しんでいました。ところがある日突然、その住まいのお城とそこにいるすべての人とともに迷宮に飲み込まれ、軍はもちろんお城に蓄えられた黄金を夢見た冒険者たち、恐ろしいほどの数の人々がその迷宮に飲み込まれていきました。やがて誰も戻らない恐ろしさから封鎖された迷宮は、ある日突然姿を消し。迷宮が消滅した後には溶かした金に塗り込められた王様の像がただ一つ、ポツンと残されていたのです、という不気味で理不尽な迷宮の話だった。


 タロウでもこの話を知っているのは、欲深いことの恐ろしさを伝えるのにいいから、と時折訪れる錬金術師たちから聞いた話を子供たちに話して聞かせる古老たちのおかげである。

「迷宮には、特に自然発生した迷宮には少なからず何らかの意思がある。それが良い物か、悪い物かはわからねえが、これは良くねえ」

 あまり本気にしていないミノに言い聞かせるようにゆっくりと、重みのある声音でサカキが説得を重ねる。とても嫌な予感がする、と。基本的に理論を重んじるはずの魔術師たちの予感というあやふやな根拠に、さすがに不安を感じたのかミノも目元を険しくした。

「わかりました、じゃあこうしましょう。まずは先遣隊を派遣する。労働と同じように監視役とペアで組んでもらって、周りの偵察を行ってもらいます。それでどうですかい」

 難しい顔をしていたサカキが、周りの魔封じ組がそれにホッとしたようにうなずいた。が、次の瞬間また眉間に盛大なしわが寄る。


「旅館にいた人員に明運(キャンデラ)が居ねえな」

「ちょうど交代であっちが砂金取りに行っちまったからなあ」

 ダブルが苦々しく肯定すると、しばらく沈黙が支配する。旅館から離れていたからか、それとも迷宮同士の干渉を嫌ったのか、どちらにせよ彼らの持つ魔道具などでは彼らとも外とも連絡が取れないらしい。

「どうするよ、振り出しかい」

 ぼそぼそと魔封じ組が頭を突き合わせて話し合うこと数分。全員そろって、片隅に集まってだらけている頭脳労働が専門外のやつらに視線を向けた。

「行けるか?」

「いけるイケル」

「獣人族八、妖精族五か。何とかなるだろ」

無遠慮にじろじろと検分(けんぶん)されて、居心地悪そうに身じろぐタロウたちの中から、不本意そうに一人が尋ねた。

「ええっと、そのう。何がですか?」

「獣人族は五感が効く。妖精族は種族に近い要素がある迷宮内なら探知系の魔法が使えるな?」

「幸い迷宮内限定なら探査・通信系の魔術具が使えるみたいだから、ね?」

「じゃ、だいたい良い感じにバラけてくれ」

 ということで、即席の先遣隊のパーティーメンバーに栄えてタロウは選ばれたのであった。

 



 公平な籤引(くじび)きにより三交代制の一番最初のメンバーに選ばれたタロウは、そっとほかのメンバーを盗み見る。一人はサカキ。言い出しっぺだから、と自ら志願したのだが、目的は言うまでもなかった。監視役たちに魔封じの紋を消すことを承諾(しょうだく)させるためである。魔術のない魔術師が非常事態で何の役に立つんだ? という当たり前だが当然の問いかけに、ミノをはじめとする監視役たちはすごく嫌そうな顔をした。何故そのような顔をしたのか、今ならタロウにもわかる。


「いやー、全然手応えねえな」

 そう言いながら物陰から出てきた骸骨を粉砕するサカキ。その手に籠手はなく、素手に淡い光をまとっていた。

「頼むからそれで人を殴らないでくださいよ」

 サカキの手の届く範囲には絶対に近づこうとしない監視役のミノが、長柄の槍と斧を合わせたようなバカでかい戦斧(ハルバード)をふるって骸骨どもを真っ二つにしている。

「あれで魔術師?」

「おれら来た意味ある?」

 探知用に連れてこられた妖精族、コロボックル族のコウホネと、どう見ても前衛である馬人族のテイテツがタロウの後ろでぼそぼそと話している。明運が不在の即席パーティーだと魔術師が前衛なんだなと思考を停止した頭で考えつつ、走り寄ってきた朧鼠(オボロネズミ)を締め上げる。霧をまとった軽トラぐらいの大きさがある怪物は、鋭い牙を持っていた。

「まあ人数少ない分頼りになる人たちと一緒で良かったなって思っときましょうよ」

「そうだね」

 コウホネはそばを流れる川から水を引き出して、骸骨を飲み込みながら相槌を打ってくれる。


「あのくじ引き最悪だったな」

 金属製のブーツで骸骨を蹴り壊しつつ、テイテツが複雑な顔をする。

「ええ、まあ、すごかったですね」

 タロウはほんの数十分前の阿鼻叫喚(あびきょうかん)のくじ引きを思い出す。短冊(たんざく)に切った紙を赤・青・黄の三色に色分けした(くじ)を真っ先にサカキが引いたのだが、その瞬間悲鳴が上がったのである。その先は真っ黒に染まっており、魔力での干渉が起きたことは明らかだった。

 何より一番青ざめた顔をしていたのは籤の神、占神(せんしん)の加護を受けているツチカドという男で、可哀そうにその場に倒れそうなほどショックを受けていた。

 神の加護を受けて作成したイカサマのできないはずの籤に、干渉を受ける。通常ならあり得ないことが起きた。混乱が起きたのは一瞬で、有無を言わせず二番手にミノが籤を引く。その場を収めるために考えさせないよう次々に先遣隊に選ばれた奴らに引かせていった。

 結果として、存在していない黒の籤を引いたメンバー五人が集まったのであった。歓楽街で引こうとしていた楽しいはずの籤引きが、恐ろしい思い出として追加されてしまったことにタロウは嘆息する。


「しかし、確かにここの迷宮は水気が強すぎますね」

コウホネが媒体の飾りをいじりながら、つぶやく。

「火魔術が負けるくらいの濃度っていうのはとんでもねえなあ」

赤・青・黄の籤のうち、火の象徴(しょうちょう)でもある赤だけが黒に変じていたのである。原因は迷宮の魔力に打ち負けたせいだというのが魔封じ組の考えだった。旅館中の火を扱う魔道具を改めた結果、ほとんどがダメになっていたためにその説が証明されてしまったのである。

「おまけにこの曇天(どんてん)。気が滅入(めい)るね」

 つられて見上げた空にはどっしりとした重そうな灰色の雲。吹き付けてくる風も相まって、恐ろしく寒い。


「魔道具も魔術具もこの迷宮に対応してねえからな。不慮(ふりょ)の事故ってとこだ」

 後ろを見もせずに話すサカキは、生き生きとしている。魔術をここまで単純な暴力に変換している男は初めて見たなとタロウはいっそ感心しつつ、不意に訪れた(なぎ)のような静けさに足を止めた。

「いらっしゃいましたよ、大きいお客さんが」

 うんざりしたような様子のミノは、ゆったりと戦斧を担ぎなおす。その視線の先には、朧鼠を鎧のようにまとった霧に包まれた巨大な骸骨が姿を現しつつあった。


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