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三匹迷宮物語  作者: 九十
遊都にすまうもの
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其の八

「おい兄ちゃん、精が出るねえ」

 ざぶざぶと川に入り作業を続けるタロウに向かって、河原(かわら)の石に腰かけた男が感心半分、呆れ半分の何とも言えない声をかける。その声に首だけで振り向いて、力のない笑いで誤魔化すことにした。


 魔竹(マタケ)で編まれた(ざる)を二種類使って、川底の砂をすくい上げ水の中で(かたむ)けてゆらゆらと振る。一度(ふるい)にかけられた砂を目が細かいほうの笊に移して、もう一度同じ工程を繰り返した。そうすると、二重(にじゅう)になったざるの底、一番深いところにほんの少しだけ、一番重い石が残る。いや、きらりと陽光を反射するそれは間違いようもなく、砂金と呼ばれる鉱石であった。

「ひええ、アンタこれで今日どんだけ取ったよ」

 タロウが造作(ぞうさ)もなく砂金を腰に下げた皮袋に流し込むと、横で作業していた初老の男が冷やかしてくる。その言葉にすでに一杯になった皮袋を数え上げ、十二袋分だな、と答えた。


 (くつ)から胸まで防水素材でできたオーバーオール、よく釣り人や魚屋が着ているウェーダーと呼ばれる作業着を身につけたタロウは、迷宮の中にある川でひたすら砂金をとる作業に従事していた。前世では働いたことなどなかったのに、重労働をしている現実に乾いた笑いが()れる。不気味そうに遠巻きにする男たちもやはり、借金の対価として労働力を(しち)に入れたアホばかりであった。

「すまねえな、力になってやれなくってよ」

 ちょっと申し訳なさそうに差し入れの昼飯を持ってきてくれたカモは、当事者でもないのに謝ってくれる。

「いえ、いつも持ってきてもらってすいません。……見つかりました?」

 タロウの問いに、そっと目をそらすカモ。それを見て、ペラジコスがまだ見つかっていないことを察した。五日前、連れていかれるタロウに島守(とうもり)もカモも抗議してくれたのだが、あいにく金そのものではなく弟子の労働力を提供する、と書かれた契約書により、タロウ本人以外の者がその代わりをすることができなかった。(はら)ただしいことに、神様的なものの判断としてはタロウはアレの弟子になるらしい。


「にしても愛されてるねえ、毎日手作りの弁当を差し入れてもらえるなんてよ」

「美味しかったです、ありがとうって伝えておいてください」

 食べ終わった弁当箱をさっとすすいでカモに返す。島守である彼女はそもそもギルドの一番偉い人なので、直接迷宮内で労働にかかわっているタロウをみんなの前でひいきすることはできない。そのため、偶然居合わせたというだけのカモに頼んで、お昼ご飯を届けてくれているのである。どうも見張りのギョッとした表情からすると、カモも遊都側の政府機関のえらいさんの様なのだが、共通の敵であるペラジコスによって二人の間には妙な仲間意識のようなものが芽生(めば)えつつあった。

「しっかし、出来高制(できだかせい)じゃねえのはあんたには良くなかったな」

「そうですねえ」

 金の量だけならすでにペラジコスが借りた金の量を(まかな)えるくらいになっているのだが、残念ながら契約書にあったのは働く日数の指定である。そのため、タロウはただひたすら無限に近いスタミナにまかせ、川底の砂を大量にすくっては魔道具のざるに流し込むだけでそこそこの金を集めることを繰り返していた。


「まあ後二日だろ? のんびり頑張ってくれや」

ペラジコスが証文に書いた期限はまる七日。つまり一週間タロウはここで労働することを義務付けられている。五日間働きっぱなしだったので、あと二日この作業を行えば解放される運びになっていた。そうですね、とうなずきながらタロウは解放された後どうやってあの鳥を引きずり出すか算段(さんだん)を考える。大博打(だいばくち)大会でもやればひっかかってくれないだろうか。それともいっそ人探しに特化した人間を探し出すか。そんなとりとめのない思考を適当に走らせていると。


「ひいっ‼」

 と不意に押し殺した悲鳴が上がった。その声のほうへ視線を向けると、川べりの(しげ)みから巨大な熊が顔をのぞかせているのが見える。胴体から生えた二つの頭、双頭熊(ダブルスベア)は獲物を見つけたとばかりに空に向けて雄たけびを上げた。咆哮(ほうこう)をまともに受けた男は(しび)れたように動きを止め、双頭熊は動けない男のもとへ獰猛(どうもう)なうなり声をあげながら滑るように走り寄ってくる。その怪物めがけて、別の方向からこれまた素早く動く影が横から交差(こうさ)するように十字を描く。

「お怪我はありませんか?」

 へたり込んだ男に優しく声をかける優男が抜き身の刀を(さや)に戻すと同時に。どさり、と地に伏した怪物の体が黄金のようにきらめきながら空へと溶けていくのだった。




「疲れたな」

体の疲労はそれほどではなくても、単純作業を繰り返すのは気がめいってくる。迷宮内は温暖な気候なのだが、出てくれば真冬の切りつけるような風が吹いて容赦なく体温を奪っていった。

 タロウはチラと振り返って迷宮の入り口、金色に輝く灯籠(とうろう)を見る。この金ぴかの灯籠からは、砂金や山金といった金そのものが産出品になるのだと決まっているようで、こうなると大量の人を集めて一気に採掘するのが主流となっているらしい。そのため労働者は一か所に集められ、泊りがけの交代制で作業を続けていた。


「お疲れ様です。お風呂の準備できていますよ」

 タロウの独り言に律義に答えたのは、双頭熊を瞬殺して見せた優男、コンと名乗った監視役の男である。労働を監視する役目と護衛の意味も含めて、それぞれ違う男が金貸しから派遣されていた。このコンは見た目と裏腹な刀の使い手で、ついでにタロウのだまし討ちのようなペラジコスからの扱いに同情してとても丁寧に世話を焼いてくれていた。

「ありがとうございます。今日はご活躍でしたね」

「お恥ずかしい限りです。本来作業者のそばまで怪物を近寄らせないための我々なのですが」

 本当に恥ずかしそうにそう答えるコンは、恐ろしくまじめな顔をする。

「どうもここ数日迷宮の怪物に今までとは違う動きがみられます。念のため明日からは入り口近くの作業に変更になるようです」

「わかりました。俺らとしては移動が楽になるんで助かりますけどね」

 迷宮内の砂金はなぜか上流にたまりやすいため、今までは作業の前に二時間ほどの山登りを必要としていたのだが、明日からはすぐに作業に移る体制になるらしい。タロウは慣れていてもほかの人々は山歩きに慣れていないためそこそこの手間になっていた。

「その分量が減るので、(かしら)は嫌がっておられましたがね」

 苦笑しつつも迷宮を管轄(かんかつ)するギルドの指摘を受けては無茶はできません、と肩をすくめてコンは部屋を出て行った。それを見送り、タロウも浴場に移動する。


 古い旅館を労働者向けに改装(かいそう)したこの鴨嘴壮(かものはしそう)は、古びてはいても手入れの行き届いた住まいだった。山の中腹に位置するため眺めもそこそこに良く、山の魔獣は大型のものは狩りつくされて猿や兎、狸といった小型のものばかりである。遠くに(きじ)らしき声も聞こえるため、金持ちの別荘だと言われても納得するほど居心地の良い場所だった。

 外廊下(そとろうか)をペタペタ歩いて大浴場に向かうと、(こご)えた男たちでごった返していた。人間族八割、その他二割といった感じで何人かは体中を朱塗(しゅぬ)りの紋様で(いろど)られている。

「よう、タロウ。今日も冷えるね」

「サカキさん。寒いっすね」

 タロウに話しかけてきた男は、体中に朱塗りの文様がびっしりと書き込まれている。これは刺青(いれずみ)とは違い、染料で描かれた魔封じの魔術で、サカキが優れた魔術師であることを意味していた。ここで働く(あいだ)魔術で逃げられないようにするためである。


「まったく、ここにいると重労働してんだか贅沢しに来てるんだかわっからねえな」

「そうですねえ」

 心の底からそう思っているらしいサカキにタロウも相槌(あいづち)を打つ。

「食いもんはうめえ、天然温泉はデカい露天風呂。布団から何から趣味の良い質もいい調度品。しかも酒まで出て来るとあっちゃあ、まるで旅行にでも来てるようなもんじゃねえか」

 彼の言う通り、特段借金持ちだからと言って乱雑な扱いを受けているわけでもない。多少の不自由を我慢できるなら、そこそこいい暮らしでもある。

「ま、男ばっかりでむさ苦しくなけりゃもっといいんだけどな」

「それは確かに」

 うんうんと何度もうなずいて同意を示す。管理しやすいからなのだろうが、男女別、というかこの建物内には女性は居ない。掃除する人から調理する人まで全部男ばかりである。多少の種族バリエーションはあるものの、総じてデカくてごついため癒しは無かった。


「てめえには外にいる彼女のもとに戻んなきゃなんねえしなあ」

「いや、彼女っていうか」

 彼女なのだろうか。一晩の遊び相手なのでは、と思いつつもちょっとだけ心が浮き立つ。

「毎日手作り弁当届けてくれるのが彼女じゃなけりゃ何だってんだよ。けっ」

 獣人の感情を(さと)くも読み取ったらしいサカキは、舌打ちをして軽くタロウの背中を叩く。予想していたよりも強い衝撃をうけ、この人本当に魔術師なんだろうな、とちょっとだけ疑問がよぎった。けれど、ゴーシュも刀を振り回していたし、こっちの魔術師は近接も結構いけるのかもしれないな、と納得しかけた次の瞬間。


 ドン、と突き上げるような衝撃が大浴場にいる男たちの足をよろめかせ、次いで地面ごと大きく横にふれる。踏ん張ろうにも足が浮き、屈強な男たちは全員そろって湯船の中に沈み込むように倒れこんでいくのであった。


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