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三匹迷宮物語  作者: 九十
遊都にすまうもの
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其の七

 薄曇(うすぐも)りの空から()してくる日を存分(ぞんぶん)に浴びて、けだるい体を持ち上げて身を起こす。はっきりとした時間はわからないが、恐らく正午(しょうご)を少し過ぎたころくらいだろうと太陽の位置を見て考えた。そううすぼんやりとしていると、目が覚めたきっかけでもある人の話し声がこちらに近づいてくる。どうも、彼女の声と聞き覚えのない男の押し殺した声がもそもそと聞こえた。とりあえず腰に毛布を巻き付け、扉の前で止まった足音に身構える。

「おっと、これはこれは。申し訳ねえですな、旦那」

(たの)しみを邪魔しちまったようだ、と特に気にしてもいないのを隠しもせず形だけの()びを入れた長身の偉丈夫(いじょうぶ)は、自らの名をカモ、と名乗った。




「つまり、あの博打狂(ばくちぐる)いの借金がツケでたまりきっていて、居場所を知りたいってことですか?」

 カモの用事はペラジコスが関係しているようで、ようはここ一年でたまりきったツケを今月中、師走(しわす)のうちに返してもらいたいという話であった。普通ならひと月ごとに清算されるツケを、島から島へと飛び回って逃げているらしい。収入をすべて賭博場につぎ込んでいればそうなるだろうな、とタロウは(かわ)いた笑いをもらす。

「いやいや、まあそういうわけでしてね。こちらの島守(とうもり)に居場所を教えてもらいに来たんですがねえ」

 とうもり、とタロウが繰り返すと、知らずにこの屋敷にいるんですかいと信じられないものを見る目でカモが勢いよく振り向いた。

「こっちのお嬢さんはこの島の島守、つまりは遊都のギルドの出先機関(でさききかん)のトップで、この島における最高権力者のうちの一人ですよ」

 視線を向けた先で彼女は少しむくれたようにそっぽを向く。否定しないということはこの男の言うことは正しいのだろう。それで、と得心(とくしん)がいく。店の女の子がだれも彼女を止められなかったのも、ペラジコスも胴元(どうもと)もたいして彼女の心配をしていなかったのも、自分の身を守れるくらいの実力者であるからに違いなかった。


「いったいなんであの店で働いてるんですか」

「だって、毎日面倒ごとと仕事ばっかりの毎日じゃつまらないじゃない? 私の人生にも(うるお)いが必要だと思うのよね」

 良い男も、とにっこりと笑ってそう言われてしまえば、たかだか一晩共に過ごしただけのタロウが言えることなど何もない。

「まあ、裸でほうりだされてねえってことは旦那はお眼鏡(めがね)には叶ったってことだ。自慢できるぜ」

 言葉に詰まるタロウを哀れに思ったのか慰めとも哀れみとも思えない言葉をカモがかけてくる。それに彼女が語気荒く詰め寄った。

「ちょっと、そんなことしてないわよ、人聞きが悪いわね」

「二年前ギルドから若いのがトップに派遣されてきたからって、良く思わねえのがこの人を襲撃したんだがな。真冬の海に叩き落されて、凍り付きそうになりながら土下座してたあの光景は今も目に焼き付いてるよ」

 詰め寄る彼女をうるさそうに遮りながらタロウに彼女の武勇伝を語って見せる。その内容は物騒(きわ)まりない。

「だってしょうがないじゃない。ああでもしないと運営に支障が出るでしょう?」

「それはそうだが、モノには限度ってもんがありましてねえ」


 組織のトップが(あなど)られれば、魔獣との戦いにはもちろん、迷宮の運営にも当然問題が発生する。死が隣り合わせの魔獣との戦いで能力が疑われれば、誰もその指揮に従おうとはしないだろう。それは冒険者の統率(とうそつ)()れないことを意味し、最悪の場合敗走(はいそう)を許すことになる。そうなれば人類の境界線は一歩後退することになるのだ。そして、迷宮における決まりが守られないということは、産出品のごまかしや目的外の利用と、経済にも治安にも悪影響を与える。冗談抜きで生死にかかわってくる事になる。それを踏まえれば。

「まあ、それくらいはしてもおかしくはないんじゃ?」

 若い女性というのはとにかく侮られやすい。前世でも妹のいたタロウはよく買い物に付き合ったり電車では弾除けならぬ痴漢除けとして重宝(ちょうほう)されていた。無駄にデカい体が役に立ったものである。数少ない良い思い出を懐かしみつつ、のほほんと答えると。

「へえ、これはこれは。たまにはいい男を捕まえなさる。ほとんどの男はこれ聞くと逃げ出すんですがねえ」

 どこか感心したような呆れたような表情をしたカモが皮肉気に言って、癖なのか胼胝(たこ)ばかりの硬そうな指で長い鼻に触れた。

「あんたたちがその話を面白おかしく脚色して吹き込むからじゃない! ……タロウ?」

 怒っていても綺麗な女性だな、と二人の掛け合いを眺めていたタロウは、やおら名前を呼ばれ手招(てまね)きされるままにそちらに近づく。

「あの?」

「イヤな奴でもなきゃそんな酷いことしないから安心して。ね?」

 ぎゅっと頭を抱きしめられてそう言われると、ちょっと楽しい。女性の庇護下(ひごか)にあるというのは里の獣人族だと珍しいのだが、外の世界では割とあることなのだろうか。タロウがそうやって異世界ヒモ生活を夢想(むそう)していると。

「いちゃつくのは他所(よそ)でやってもらえませんかねえ」

「ここは私の家よ。あんたが出て行きなさいよ」

 目の前で醸し出される甘い空気に、胸焼けしましたと言わんばかりの表情でカモがげんなりした声をあげたのであった。




「居ないわよ」

 とりあえずペラジコスの居場所だけでも教えてくれと言い(つの)るカモに、目を閉じてスキルを使用していた彼女にあっさりと告げられて。

「昨日までは居たんじゃねえのか」

 地を()うような声でタロウに尋ねるカモに彼女の店までは一緒だったな、と記憶をたどりつつ正直に伝える。

「ただ、その前の賭博場であなたの名前を胴元と話しているのは聞きましたが」

「……あの腹黒狸(はらぐろたぬき)め。喋りやがったな」

 バサバサと不機嫌そうに(はね)()ばたかせるカモは、胴元とは仲がよろしくないらしい。確かに彼のほうもうまくない酒を飲んだとか何とか言っていた気がする。それをたずねるとこちらも嫌そうな顔をしつつ答えてくれた。

「あの野郎は賭博場と繁華街(はんかがい)一帯の金主(きんしゅ)でもあるからな。あそこらへんで回ってる金は出所をたどればあいつの営む質屋(しちや)両替商(りょうがえしょう)()えた金貨が銀貨だ」

「それで、遊都の政府機関からの出向役人(しゅっこうやくにん)であるこのカモさんは関わらないわけにはいかないってことなのよ。もちろんギルドもだけどね」

「なるほど」


 この羽衣島(はごろもとう)のインフラから何から、人を動かすのにも金を動かすのにも相談役としてかの胴元が一種の銀行のような役割を担っているらしいことはタロウにも理解できた。要は地球におけるところの地銀である。地元の取引先を多く抱え、あちらからこちらに融通(ゆうずう)し、時には諸外国との窓口にもなりうるような実務兼外交業とでもいうべきか。

 この水球世界(アクアス)なら特に都市国家間の金の流れは重要であった。なにせ魔道具や神具の消耗品として金銀が扱われる以上、どこかの都市に魔獣の大規模な襲撃があるだけでも相場が一気に跳ね上がる。魔道具も神具の補強に使われる銀も、いざとなれば硬貨そのものを加工して補充することになるからだ。

 さすがにそこまでひどい状況はタロウがこの世界に生まれてからは経験したことがないのだが、島が集まってできた遊都は海に囲まれている故にほかの都市や島へ即座に支援を要請するといったことができない。ある程度の自衛のために加工可能な金銀をどこかに蓄えておく必要があった。それを両替商として、あるいは質屋として都内の賭博場でプールしているんだろうな、となんとなく考える。


「はあーっ。無駄足か」

居ないと本格的に確信したらしいカモが、がっくりと膝をつく。

「そんな大金貸しちゃったんですか」

 魂が抜けたみたいな声を出して座り込んだ男に興味半分で聞いてみると、冗談みたいな金額が返ってきた。思わずひえっと裏返った声が出る。

「どうしてお金貸しちゃったの? 返ってこないのわかってたでしょうに」

証文(しょうもん)とか作らなかったんですか?」

 審官や何かしらの神様の加護のある者に立ち会ってもらって契約書を作れば、それはそのまま効力のある準魔術とでも言えるものになる。強制力が働くのである。

 可哀そうな人を見る目で二人から見られて、当の本人はあいまいな表情を浮かべた。

「まあ、金で勘定できない借りがいくつもあったんで、ついねえ」

 どうもこの天狗族(てんぐぞく)の男は強面に似合わず、義理堅い一面があるらしい。とはいえ、タロウも今は昨日の賭博で勝った手持ちだけしかない。同情しつつも金は貸せないな、と思っていると。


「どうも、島守。こちらに(こい)の旦那のお弟子さんがいると聞いて参ったんですがね」

「お邪魔しますよ、おや、カモの旦那」

 どう考えても堅気(かたぎ)の人族の体格ではないごっつい着流しの兄ちゃん二人がのそのそと部屋に入ってきて、くるくると広げた巻物をタロウに突き付ける。立派な(いん)の押された証文らしきそれを怪訝(けげん)そうに二人も両肩から覗き込んできた。

「ご覧になりましたね? では、僭越(せんえつ)ながら。今朝がた、鯉の旦那から借り入れの申し出がありましてね」

 カチャン、ともう一人がどこからともなく出してきた銀色の魔道具をタロウの手にかける。

「その際、お弟子さんの労働力を対価として質に入れるということでしたので、お迎えに上がりました」

 ゆっくりと、だが有無を言わせぬ力で二人がタロウの両腕をとる。逆らう間もなく持ち上げるように立たされて、そのまま二人について歩きだす。昨日の夜は両手に花であったはずなのに、ものすごくかたい。これは抵抗しても無駄そうだな、と観念しつつ。


「あの野郎マジで次会ったら覚えとけよ⁉」

という、今時安っぽいドラマの悪役でさえ言わない捨て台詞(ぜりふ)を叫ぶ羽目(はめ)になったのであった。


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