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三匹迷宮物語  作者: 九十
遊都にすまうもの
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其の十一

 タロウたちが旅館に帰還すると、鴨嘴壮(かものはしそう)の主人であるハッシーが出迎えてくれた。

「みなさまお寒い中ご苦労様でございます。湯のほうは問題なく利用できそうですので、どうぞお使いになってください」

 魔道具で火をおこすのは難しくとも、もともと天然の温泉であったお湯は問題なく使えるらしい。湧いて出て来る温泉だったためだろうか、地下深くには迷宮の影響が及ばないことを示していた。

「ありがとさん」

「それでは、あたしはこれで失礼しますよ」

 気軽に手をあげて応えたサカキと、一度情報整理のために監視役たちの(ひか)えに戻るミノ。タロウたちもそれぞれ休息をとることにして、風呂へと向かったのであった。




「それで、どうでした」

 三組に分かれた先遣隊が少なくとも明るいうちに迷宮の探索を終え、情報がざっくりと整理される。大広間に広げられたのは予備にと置かれていた古びた襖紙(ふすまがみ)を裏返したもので、はしの方がいささか黄ばんだそれには墨痕(ぼっこん)(あざ)やかに地図が描かれていた。色紙を張られた灯籠によって、うすぼんやりと照らし出された男たちが車座(くるまざ)に集まる。


「まず、旅館の階段下の入り口から中央を貫く大通り。それと並行するように縦に細い道が左右に九本。同しように横に太い道が真ん中に一本。その手前と奥にこれまた九本ずつ。そんでまあ、上からじゃ霧で良く見えてなかった道のほとんどは、川が流れ込んだり地面が陥没(かんぼつ)しててとてもじゃねえが通れそうになかった」

 チャラ男のダブルが耳に大量にぶら下がるピアスをいじりながらいくつかの道の上にバツ印をつける。残ったのは二本だけ、左から二つ目の細道と右から四つ目の細道だけだった。

「真ん中の大通りが潰れちまったのが痛いわなあ」

 そう言って魔術師組の最高齢、シロガネが中心に描かれた見事な桜を細く閉じられた扇子でなぞった。仙人のような見た目のじっさまは、そっと上目遣いでミノを窺う。

(まこと)(あい)すいませんね。使った魔術を利用される羽目になるとは一生の不覚でごぜえます」

 ミノが使った魔術はそのまま魔力となって霧散(むさん)するはずであったが、がしゃどくろを貫いた後もそのまま残り続けていまは見事な桜の木と変じ、順調にその数を増やしていた。籤引(くじび)きの紙の時と同じことが起きたのである。迷宮からの干渉、そして今は使った魔術を利用して迷宮側に都合の良い状態に作り替えられてしまった。


「いんや、どちらかというとこちらの手落ちだ、(かしら)。ここまで性悪な迷宮だと見抜けなかった儂らのねえ」

 恰幅(かっぷく)の良い恵比寿(えびす)様のような見た目の爺様が、頭を振り振り申し訳ないといった風に眉尻を下げる。占いに干渉してきた時点で見抜けなかったことを詫びるようにツチカドもそっと頭を下げた。今や桜の丘の様相(ようそう)(てい)し始めた中心部は、幻覚作用のある桜吹雪が邪魔をして通り抜けることが出来ない。何度試しても入ってきた入り口に戻されてしまうのだ。薄桃色の花びらは、取り込まれた者たちをあざ笑うかのように次第にその範囲を広げつつあった。


「ええ、本当に迷宮研究者として不覚。しかし、良い研究成果を持ち帰れそうです」

 やせぎすの眼光鋭い男がその場の責任をどう落とし込もうかという空気を全く読まずに発言をすると、ピタリと皆の動きが止まった。

「迷宮……」

「研究者……?」

 その場にいるすべての男たちのうれしくもない視線を独り占めした男は、嬉々として語り始める。

「ええ、つい先月まで学都のアカデメイアで教鞭(きょうべん)をふるっておりましたのですが、やはり持ち込まれる産出品を見るだけでは研究には何かが足りまいと思っておりましてね。職を辞し、冒険者に交じって直接迷宮に(おもむ)こうと思い立ったのですよ」

「いや、そうじゃない。そうじゃなくってだな」

 なんとか話を元に戻そうとしてダブルが手をあげて押しとどめるようにすると、素直に研究者を名乗った男は口をつぐむ。その隙を縫うようにして別の男が口を開いた。

「なにもヨ、おれら戦う脳がないもんたちでもお役に立てやしねえかってね、あんたらがバタバタ外見てる間にこの旅館の周りを見て回ったのよ」

 (なま)りの強い話し方をするギョロ目の男が、ニッと笑って旅館の設備から庭から、計測と観測を行い、残った学者崩れやら半人前の職人やらで情報を集めておいたと教えてくれる。


 それで分かったことは、次の三つだった。ひとつ、怪物たちはこの旅館を襲うことが出来ない。ふたつ、何故ならこの旅館自体が人口の迷宮であるから。みっつ、あの桜はひと月もすれば道という道をふさいでしまうだろう、ということ。

「人口の迷宮? そりゃいったい……」

「まあ見たが早い。ハッシーの旦那」

「はいはい、これです」

 鴨嘴壮の主人が出してくれたのは、旅館の全体図と建築図面だった。それにいち早く反応したのは魔術師組である。

「げえっ、うっそー!」

「立体型の古代魔法陣んんんんん⁉」

「全部魔法じゃねえか! つかお湯くみ上げてんじゃなくて迷宮の産出品ってことかあ⁉」

「あーっ、これ魔力を含ませたお湯をさらに魔法陣内で循環させて魔力炉にしてるう‼」

 図面に群がる魔術師組は混乱している。その混乱に追い打ちをかけるように学者の一人がぼそりとつぶやく。

「しかも、庭木の(しゅ)、配置、石の形と並びまで完璧な古代魔術の作用(さよう)を示していることが分かった」

 あまりのことにがらりと外廊下へ続く障子戸をあけ放つが、

「さすがに暗くてわからんな」

「ちょっと今はわからないねえ」

 外はとっぷりと日が暮れて、月の光さえ雲と霧に遮られあいまいとした影のみが判別できるくらいだった。


「あとはまあ、皆さまにもお分かりの通り一日が、少なくとも日が昇ったり沈んだりする珍しい迷宮ということでしょうかな」

 中年を過ぎたくたびれたシャツを着た男が後を引き取って、そう告げると(うな)るような息が誰からともなく場に満ちた。

「とにかく、この旅館は絶対に安全ってことだな」

「学都にある大昔の人口迷宮ですら未だにガーディアンが()きておりますからな。我々が滅んだとしてもこの旅館は無事でございましょう」

「ヤなこと言うねえ、センセイ」

 ギョロ目の男が笑いながら痩せぎすの学者をばしばしと手で叩くたびにその体が揺れている。どうも意外と相性は悪くないようであった。


「そんで、桜が道を覆うってのはどういうこった」

「それにはあたしが説明しましょう」

 本業は庭師だという男が語るには、あの桜は普通の増え方をしていない、という。

「どっちかっていうとありゃ竹とかとおんなし増え方でね。地下からボコッと根っこが出てきたかと思ったら、そいつがみるみる伸びて、桜になって、あの有様(ありさま)よ」

「うむ、この迷宮の属性の強い順に水、土、木だから、あれは相当な速さで成長する」

 魔術師組のうちからも、納得するような声がいくつも上がった。一か月もすれば、あの桜に飲み込まれて逃げ出すこともできない一面の桜吹雪。いくら古代魔法で保護されていても、このまま籠城(ろうじょう)ではいずれ限界が来ることは明らかであった。


「ちいと、相談なんだが。皆の衆」

 シロガネの爺様が、パチリと開いた扇子で口元を覆う。だというのにその声は不思議と全員に届いた。

「いっちょ、デカい博打を打っちゃあみねえかい」

 不敵に笑ってそう言った瞬間。ざわりとその場の空気が確かな熱を持つ。ここに集まるのは持てるすべてを使い果たし、それでも労働力すら金に換えて勝負を挑んできた男たち。打てる賭博(とばく)があるのなら、命ある限り、そこに居たがるような、アホばかり。

()るか()るか、手前(てめえ)の命を賭けて、一生一度の大博打(おおばくち)だ」

 やるかい、とひとりひとり視線で問いかけられて。

「やらいでか、じっさま」

「つっても、ここにいるのは負け続けのやつばっかりだけどなあ!」

「なあに、今度のこれに勝ちゃあ運が向いてくるってもんよ!」

 断る男は、一人もなく。

 アホしかいないな、と嘆息(たんそく)するタロウにも、ようやく博打の面白さが分かってきたような、薄暗い、熱気に満ちた夜だった。


あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。

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