表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/24

神谷君ご乱心

 朝、二番目に出社して来た涼子が、挨拶もそこそこに「ちょっと新情報」と言って私の肩を叩いた。

「神谷君、結局特許部の子安さんと付き合う事になったらしいよ」

「え?」

 私は目を見開いた。

 食堂でカレーを食べながら、私の家でコーヒーを飲みながら、「人は顔じゃないから」と二度同じ事を言っていた神谷君が――。涼子は情報屋の威力を発揮した。

「どうやら子安さんが諦め切れなかったみたいで、ごり押ししたらしいよ」

「それどこ情報?」

「特許部に同期が居たじゃん、ダメガネの小太り」

 あぁ、とすぐに顔が浮かんだ。彼ね。

 涼子の人脈は広い。私は素の自分を出さない様に、最低限の人間関係に留めているので、自分の同期ですら顔が浮かばない事が間々あるが、流石に特許部の彼の顔はすぐに浮かんだ。名前は――知らない。

 おはようございます、と次々に居室へと人が入って来る中で、いつも通り眠そうな目をした神谷君も「おはよーございまーす」と挨拶し、「ぺた」と声に出して出席のマグネットを貼り、いつも通り席に着いた。ダルさの化身だ。私は涼子の顔を見たが、涼子は「昼休み」とだけ言って、自分のデスクに向かった。


 昼休み、食堂に行くと、早々と席を取っている神谷君を発見した。今日はラーメンとライスらしい。私は日本蕎麦を頼んだ。

 神谷君の席の対面に「失礼」と言って座った。神谷君は無言のまま少し顔を上げた。

「ねぇ、特許部の子安さんと付き合う事になったんだって?」

 蕎麦を少し箸ですくい、麺つゆに半分ほど漬ける。麺つゆを吸い上げた蕎麦は一本一本がキュっとくっ付いた。

「ん、あふっ。付き合う事になったみたいだね」

 まるで他人事だ。また「あふっ」と言いながらラーメンを啜った。パスタの乗ったトレイを持った涼子が私の隣に座った。

「ねぇ、子安さんと付き合ってるってホント?」

 私と同じ質問をされて、さぞうんざりだろうと思った。案の定、うんざりと言った顔でご飯を口に押し込んだ。

「あぁそうですよ、付き合う事になりましたよ」

 目線を一切こちらへ向けず、ぶっきらぼうに言うのだった。そこに「幸せ」という雰囲気は一切存在しなかった。

「へぇ、どんな心境の変化?」

 涼子はパスタを豪快に頬張りながら質問を続けた。

「そうだな、好きな人に振られたから、腹いせ」

 私と涼子は顔を見合わせて、プッと吹き出した。

「子安さんに失礼でしょう」

「つーか神谷君、好きな人に振られたの?それも災難だなぁ」

 人の不幸を蜜として吸い取るかのように、涼子は嘲笑った。

 彼は私達の方を見向きもせず、ラーメンを啜り、ライスを口に運ぶ。

「女はこういう話題が好きなのな。うんざり」

 そこへ課長が定食のトレイを持ってやってきた。

「僕も混ざって良いかなぁ?」

 私を挟む形で涼子と課長が座った。私は自分の頬が少し上気するのを感じた。それを神谷君は見ていた。少し軽蔑が混ざった眼差しで私をじろりと見たので、私は何とも表現し切れない、複雑な心境になった。

「ごちそうさま、お喋り共」

 そう言って乱暴にトレイを持ち、返却口へと歩いて行った。

「何なの、何が気に入らないの、アイツは」

「さぁ」

 涼子は怒り心頭という感じではあったが、私はただの照れから来るものなのかなと、単純に考えていた。

「何の話だったの?」

 急に爽やかな風が舞い込んで来たような課長の声に、場の雰囲気は一掃された。

「神谷君に彼女が出来たとかで」

「へぇ、そうなんだ。彼、いい男だもんね。女の子も放って置かないよね」

 唐揚げにタルタルソースをつけて一口噛んだ。横並びに座っているとよく見えないが、きっと深紅の唇に、少しついたタルタルソースをぺろりと舐める仕草は、私を興奮させるだろうと思った。あぁ、変態。


 食後にいつものベンチに座ると、少し離れた場所にあるベンチに、神谷君と子安さんが並んで座っていた。

 子安さんは隣に座る神谷君の顔を覗き込む様にして、しきりに話し掛けている様子で、その茶色く長い髪が左右に揺れていた。

 一方で神谷君は、彼女に視線を遣る事も無く、言葉少なにそこに座っている様に見えた。

「神谷君、仕方無く子安さんと付き合ってるって感じしない?」

 涼子は彼らのやり取りを遠くから眺め、私に言葉を求めた。

「うーん、少なくとも幸せなオーラは感じないね。何しろ、好きな人に振られた腹いせ、とか言ってたよね、彼」

「酷いね」

 私達の視線に気づいたのか、こちらを一瞬見遣り、彼女に何か言って立ち上がり、その場を去って行った。残された子安さんは目で彼を追っていた。少し気の毒だった。

「私達のせいかなぁ?」

「神谷君は結構女の子に対して無礼なんだな。私ならグーで殴る」

 涼子ならやりかねない。そう思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ