(一)火の聖剣
◆ 強い剣
村に滞在して数日。
セトの脇腹の痛みが治まり始めた頃、二人は宿屋の食堂で旅の商人と向かい合っていた。
「強い剣を探している?」
「ああ」
「できれば、火に関係するものがいい」
シアが付け加える。
商人は二人を見比べた。
「買いたいのか?」
「見るだけだ」
「触れられるなら触る」
「勝手に条件を増やすな」
セトが止めると、シアは不満そうに黙った。
先代イフリートを殺したものは、その力を奪った可能性が高い。
黒刃は触れた精霊術を崩すことはできても、奪った力を蓄えておくことはできない。
それとは違い、力を奪い、自分の中へ残しておける何かがあるのかもしれない。
それが剣だとは限らない。
だが、強い武器の噂を追うという方針に、今のところ代案はなかった。
商人は顎へ手を当てた。
「火に関係する強い剣なら、一つ知っている。ここから北へ行ったところに、火の山があるだろう」
「知らない」
シアが即答する。
「お前は知らなくてもいい」
商人は苦笑してから続けた。
「その山の神殿に、火の聖剣が安置されているらしい」
◆ 火の聖剣
「聖剣?」
「勇者に力を与えた剣だとか、火の神が残した剣だとか、話はいくつもある」
「どれが本当だ」
「そこまでは知らない。俺も見たことはないからな」
商人が知っているのは、旅人から聞いた噂だけだった。
火の山には古い神殿があり、その最奥に燃える剣が安置されている。
剣を握った者は炎をまとい、普通の人間では扱えない力を得るという。
「使い手を強くする剣か」
セトが尋ねる。
「らしい。もっとも、今も力が残っているかは知らないが」
シアが立ち上がった。
「行くぞ」
「まだ朝食が残ってる」
「食べながら行けばいい」
「器ごと持っていく気か」
シアはテーブルの上にある皿を見た。
真剣に考え始めたため、セトは先に残りを食べることにした。
火の聖剣。
名前だけなら、調べる価値はある。
火に関係する強力な剣なら、先代イフリートの死と何らかの関係がある可能性も否定できなかった。
◆ 火の山へ
村を出た二人は、街道を北へ進んだ。
火の山までは、歩いて数日の距離だった。
近づくにつれて木々は減り、地面を覆う草もまばらになっていく。
黒い岩が露出した斜面から、白い蒸気が上がっていた。
「暑いな」
額の汗を拭ったセトの隣で、シアは普段と変わらない足取りで歩いている。
「そうか?」
「お前には聞いてない」
「セトが言ったから答えた」
「火の精霊王に暑さを聞いた俺が悪かった」
シアは立ち止まり、地面の割れ目から上がる蒸気へ手を入れた。
「何をしてる」
「火の流れを見ている」
「それで何か分かるのか」
「山の中に、大きな火の力がある」
「山なんだから当然だろ」
「そうではない。自然に動いている火とは別に、同じ場所へ集まり続けている」
シアは山の中腹へ目を向けた。
古い石段が、蒸気の向こうへ続いている。
「あそこだ」
◆ 山の神殿
石段の先には、小さな神殿が建っていた。
黒い石を積み上げた建物で、入口の左右には火が灯されている。
神殿を守る老いた神官は、突然訪れた二人を怪しそうに見た。
「聖剣を見たい?」
「ああ」
「触ってもいいか」
「駄目に決まっている」
神官が答えるより先に、セトが言った。
「触れなくていい。近くから見せてもらいたい」
「何のために」
「探している剣がある。その剣かどうか確かめたい」
「聖剣を探し物と一緒にされても困る」
当然の反応だった。
セトは事情をどこまで話すべきか考える。
隣でシアが口を開いた。
「火の力を持つ剣を探している」
「なぜだ」
「先代の火が奪われた。それを持っているものを探している」
神官の顔が険しくなった。
「先代とは、誰のことだ」
「前のイフリートだ」
神官がシアを見た。
「お前は何者だ」
「今のイフリートだ」
「おい」
セトが止める間もなかった。
◆ 名乗る少女
神官は黙ってシアを見た。
シアも黙って見返している。
やがて神官が口を開いた。
「火の精霊王を名乗る者は、時折現れる」
「そうなのか」
「お前が驚くな」
セトが小声で言う。
「本物だという証拠はあるのか」
神官に問われ、シアは右手を上げた。
炎が生まれる。
入口の左右に灯されていた火が、シアの手へ向かって傾いた。
神官が目を見開く。
シアが指を動かすと、二つの火は細い輪となって空中を回り、元の灯火へ戻った。
「これでいいか」
「普通の術士にもできるんじゃないか」
「セトは黙っていろ」
神官はしばらく考えた後、神殿の中へ二人を通した。
「触れることは許可できない。見るだけだ」
「分かった」
シアが答える。
「本当に分かってるな?」
「セトはわたしを何だと思っている」
「剣を見ると触ろうとする奴だ」
◆ 燃えない剣
神殿の奥は、山の岩盤を掘り抜いて作られていた。
壁の割れ目を赤い光が流れている。
熱を帯びた精霊力が、細い流れとなって最奥へ集まっていた。
その中心に一本の剣がある。
黒い岩で作られた台座へ、刃を下にして突き立てられていた。
刀身は暗い赤色で、金属とも石ともつかない。
炎をまとってはいない。
だが、周囲の空気が揺らぐほどの熱を発していた。
「火の聖剣だ」
神官が言った。
「かつては刀身から炎が立ち上り、近づくだけでも身を焼かれたという」
「今は違うのか」
「見ての通りだ」
シアは剣の前まで進んだ。
張られている鎖の手前で足を止める。
触れるなという約束は守った。
「どうだ」
セトが尋ねる。
「火の力を蓄えている」
「先代のものか?」
シアは答えず、剣を見つめ続けた。
※第4話「魔剣の噂」は全三回です。
続きます。
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