(九)ネアという名
◆ ネアという名
夜明けが近づいていた。古代兵器へ向かっていた原光の流れは止まっている。色を失った草が、すぐに元へ戻るわけではない。
森の葉も、まだ薄い色のままだ。それでも、これ以上吸われることはなくなった。隊長は、発掘現場へ伝令を出した。
古代兵器を一体破壊したこと。遺跡へ誰も入れないこと。残された兵器へ、絶対に触れないこと。
「これを見ても、動かそうとする者はいると思うか」
セトが尋ねた。
「いるだろうな」
隊長が答える。
「制御できない兵器だぞ」
「自分なら制御できると考える者はいる」
「面倒だな」
「人間は、強いものを見れば使いたがる」
「壊した方が早い」
シアが言った。
「動いていない兵器にも、同じ防御があるかもしれません」
ネアが答える。
「まず遺跡を調べる必要があります」
「また剣になればいい」
「簡単に言いますね」
「もう二度なった」
「二度できたからといって、何度でも問題ないとは限りません」
「問題があったのか」
シアがネアを見る。ネアは少し考えた。
「普段より、力を使った感覚があります」
「それだけか」
「今のところは」
「なら休めばいい」
「シアもです」
「わたしは平気だ」
「最後の極炎で、ほとんど力を使ったでしょう」
「少し休めば戻る」
「同じことを言っています」
セトは二人の間に立った。
「二人とも休め」
「セトは?」
「俺も休む」
「なら最初からそう言え」
「今、言った」
シアが少し離れた場所へ座る。ネアは、その背中を見てからセトへ顔を向けた。
「セト」
「何だ」
「先ほど、わたしの名前を呼びましたね」
「呼べと言っただろ」
「そうではなく」
ネアは少し迷った。何を確認したいのか、自分でも分かっていなかった。剣になるために呼ばせた。
それだけのはずだった。だが、セトがネアと呼んだ時、遠い昔にもらった名前が、過去から今へつながったように感じた。
あの人は、もういない。十分に生きた。幸福な人生だった。ネアも、それでよいと思っている。
それでも、その人が残した名前は、今もここにある。
「もう一度呼びますか」
セトが尋ねた。
「なぜですか」
「呼んでほしそうな顔をしている」
「どのような顔ですか」
「分からない」
「分からないのに言ったのですか」
「ああ」
やはり、あの人とは違う。ネアは小さく息を吐いた。
「必要になった時に呼んでください」
「剣になる時か」
「それ以外でも構いません」
「分かった」
本当に分かっているのかは怪しかった。だが、それでよかった。ほとんどの者は、これからも月の精霊王と呼ぶだろう。
月の、と呼ぶ精霊王もいる。セレーネと記す者もいる。その距離は必要だった。同時に、ネアと呼ぶ者もいる。
それもまた、ネアには必要だった。
「ネア」
セトが呼んだ。
「今は必要になった時ではありません」
「それ以外でもいいと言っただろ」
「言いましたが、すぐに呼ぶとは思いませんでした」
「呼ばない方がよかったか」
ネアは少し考えた。
「いいえ」
それだけ答えた。セトはセトだ。あの人ではない。過去の誰かと重ねる必要もない。
それでも、目の前の誰かを救うために、何も考えず古代兵器へ向かう。だから自分も、力を貸した。黒月だけでは足りなかった。
今度は、自分自身を一振りの剣へ変えた。絶光が原光を絶ち。極炎が核を砕いた。
二本目の精霊剣は、最後の一撃を放つための剣ではない。最後の一撃が届くまで、その道を閉ざさせないための剣だった。
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