(一)岩を砕く音
◆ 岩を砕く音
夜になっても、採石場から音が響いていた。岩が割れる。石が崩れる。
しばらく静かになったかと思えば、また低い音が始まる。古代兵器は、二度目の崩落からも抜け出そうとしている。採石場から離れた谷の入口では、ローディアの兵士たちが防衛線を作っていた。
投石機を並べ、術士を左右の高台へ配置する。古代兵器が出てきた場合は、村や街道とは反対側へ誘導するためのものだった。
「あとどれくらい持つ」
セトが尋ねた。隊長は採石場の方角へ目を向ける。
「分からん」
「さっきも聞いた」
「見えないものは答えようがない。どれだけ岩が残っているのかも、兵器がどこまで出てきているのかも分からん」
隊長は少し間を置いた。
「ただ、音は近づいている」
最初は岩の奥深くから聞こえていた。今は、地面だけでなく空気まで震えている。古代兵器が地表へ近づいていることだけは確かだった。
「兵士は休ませた方がいい」
シアが言った。
「交代で休ませている」
「術士は?」
「周囲の原光が少なすぎる。休ませても、普段ほどは戻らん」
古代兵器は、岩の中に閉じ込められている間も原光を吸い続けている。採石場だけではない。周辺の森。
川。土の中。見える範囲のあらゆる場所から、力が失われていた。
ネアは少し離れた場所に立ち、採石場へ集まる原光を見ていた。昼よりも流れが太くなっている。古代兵器は、破壊された核を修復するために、さらに多くの原光を集めているらしい。
「核は?」
セトが尋ねる。
「亀裂は、ほとんど消えています」
「もう戻ったのか」
「完全ではありません。ですが、次に出てくる頃には、戦う前と同じ状態へ戻っているでしょう」
「こちらは戻っていないのにな」
兵士も術士も消耗している。投石機の一部は壊れた。矢も石も減っている。
兵器だけが周囲から原光を吸い、何度でも元の状態へ戻っていく。
「次も黒月を使うか」
シアが尋ねた。
「使わなければ、核まで届かない」
セトが答える。
「使っても倒せなかった」
「ああ」
黒月は通用した。古代兵器の砲撃をそらした。部品の再生を遅らせた。核を守る防御壁にも穴を開けた。
それでも、兵器を倒すことはできなかった。黒月を装甲の再生へ使えば、核の防御壁が残る。防御壁へ使えば、装甲が閉じ始める。
一本の刃では、離れた二つを同時に止められない。
「黒月を使うだけでは足りません」
ネアが言った。
「別の方法は見つかったか」
「まだです」
「時間はないぞ」
「分かっています」
採石場から、大きな音が響いた。暗闇の向こうで淡い光が瞬く。兵器の砲撃が、崩落した岩を内側から貫いたらしい。
◆ 役目のない者
セトは採石場の方角を見たまま、退こうとはしなかった。ネアには、それが不思議だった。ローディアはセトの国ではない。
古代兵器を掘り出したのも、動かしたのもセトではない。この地を守るよう命じられたわけでもなければ、月や火を司る精霊王のような役目を持っているわけでもない。
ここで戦う理由などないはずだった。それでもセトは、次にどう戦うかを考えている。自分が退いた後に、兵士や村の人間がどうなるのかを考えている。
おそらく、本人はそこまで深く考えていない。目の前に危険がある。放っておけば、誰かが傷つく。
自分には戦う力がある。だから戦う。それだけなのだろう。あの人に似ている。
ネアは、ふとそう思った。だが、本当に似ているのだろうか。セトが最初から自分をネアと呼んだために、勝手に重ねているだけかもしれない。
月の。月の精霊王。セレーネ。
ほとんどの人間や精霊王は、ネアをそう呼んだ。それを嫌だと思ったことはない。精霊王と人間。
月を担う者と、そうではない者。互いの間には、必要な距離がある。セレーネと呼ばれることは、その距離を保つために大切だった。
それでも、ネアと呼ばれることも大切だった。セトは、あの人ではない。セトはセトだ。
それは分かっている。分かっているはずなのに、セトが古代兵器へ向かう姿を見ると、あの人を思い出す。だから黒刃を見た時、つい力を重ねてしまったのかもしれない。
黒月を作れば役に立つ。そう判断したのは事実だ。だが、本当にそれだけだったのかと問われれば、ネアには答えられなかった。
「どうした」
セトが振り返った。
「何でもありません」
「ずっとこっちを見ていたぞ」
「考えていただけです」
「方法を?」
「それもあります」
ネアはシアを見る。
「シア」
「何だ」
「あなたは、どのように精霊剣になったのですか」
※第15話「二本目の精霊剣」は全九回です。
続きます。
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