(二)黒刃
◆ 何もない黒
シアが今度は慎重に近づいた。
「黒い精霊を集めているわけではないな」
「ああ」
「何もない」
「正確には、精霊を外へ押し出している」
シアは黒刃の周囲を歩く。
見る位置を変えても、黒さは変わらない。
光を遮って影を作っているのではない。剣の形をした部分だけ、世界を満たしている精霊力が欠けている。
「黒い力ではなく、空いている場所か」
「一族では闇の剣と教わる。だが、俺も似たような認識だ」
「触っていいか」
「駄目だ」
「またか」
「白刃より危ない」
黒刃は物を切ることもできる。
だが、得意なのは精霊術へ触れることだった。
術を形作っている精霊力を奪い、崩す。
「わたしの火も消せるのか」
「弱いものならな」
シアの目が輝いた。
「試す」
「待て。ここへ直接撃つな」
◆ 火を消す
セトは岩壁の前へ立った。
黒刃を斜めに構える。
「小さくしろ」
「どのくらいだ」
「指先に出していた程度だ」
「分かった」
シアが片手を上げた。
指先に、赤い炎が灯る。
昨日、大型魔獣を倒した炎とは比べものにならないほど小さい。
それでも、普通の焚き火より熱かった。
「投げるぞ」
「ゆっくりだ」
シアが指を振る。
火の玉が黒刃へ向かって飛んだ。
セトは刃の腹で受け止める。
炎は黒刃へ触れた瞬間、小さく歪んだ。
赤い光が黒の中へ吸い込まれる。
火の玉は岩壁まで届かず、その場で消えた。
「消えた」
「黒刃が、火を作っていた精霊力を奪った」
「奪った力はどこへ行く」
「俺が使えるわけじゃない。形を失って、周りへ散るだけだ」
「もったいない」
「何でも自分の力にできると思うな」
シアはもう一度炎を作った。
先ほどより明らかに大きい。
「待て」
「どこまで消せるか見る」
「俺の話を聞け」
◆ 吸収の限界
シアが炎を投げた。
今度は、人の頭ほどの大きさがある。
黒刃へ触れた炎が大きく揺らぐ。
セトは両足を開き、刃を押し返した。
炎の表面から赤い光が削られ、黒刃の周囲へ白い粒となって散っていく。
だが、一度では消えない。
炎が黒刃を押し込んでくる。
「さっきより重いな」
「精霊術に重さはない」
「受ける側からすれば同じだ」
セトは刃を振り上げた。
黒い剣筋が炎を縦に裂く。
二つに分かれた火は急速に小さくなり、岩壁へ届く前に消えた。
同時に、黒刃の形も崩れる。
黒い刀身が途中から欠け、周囲の光が空白を埋めていった。
「剣も消えた」
「吸収できる量には限界がある」
「もっと強く作ればいい」
「できるならやってる」
昨日と同じ返事になった。
右腕に、重い痺れが残っている。
怪我の影響もあるが、黒刃で強い術を受ければ、固定している側にも負担がかかる。
「次はもう少し小さくしろ」
「まだやるのか」
「お前が始めたんだろ」
◆ 使い分け
林の奥から枝の折れる音がした。
セトとシアが同時に振り返る。
低い茂みを押し分け、三体の魔物が姿を現した。
細長い胴と灰色の毛。口元から伸びた牙の間に、淡い光が集まっている。
「炎の臭いに寄ってきたか」
「倒すか」
シアが前へ出る。
「待て。俺がやる」
「怪我をしている」
「白刃と黒刃を見るんだろ」
セトは白刃を作った。
一体目が地面を蹴る。
まっすぐ飛びかかってきた魔物を、横へ踏みながら斬る。
白刃は牙を避け、前脚の付け根へ入った。
見えている刀身より先まで届いた斬撃が、魔物の体を深く裂く。
二体目の口から、圧縮された風が放たれた。
セトは白刃を消す。
代わりに黒刃を作り、正面へ構えた。
風の塊が黒へぶつかる。
形を保っていた精霊力が奪われ、ただの空気へ戻った。
弱くなった風が、セトの髪と上着を揺らす。
「白で斬って、黒で消す」
シアが後ろから言った。
「そういう使い分けだ」
◆ 一本ずつ
三体目が横から回り込む。
セトは黒刃を消し、再び白刃を作った。
切り替わるまでの一瞬を狙い、魔物が飛び込んでくる。
だが、セトはすでに半歩下がっていた。
牙が旅装の前を通過する。
短く作った白刃を、下から突き上げる。
刃が魔物の腹へ入った。
残る一体が再び風を放とうとする。
セトは白刃を引き抜きながら、左へ投げた。
短剣状に変わった白い刃が魔物の肩へ刺さる。
風の術が乱れた。
セトは距離を詰め、新たに作った白刃で首元を斬る。
三体目が地面へ倒れた。
静かになると、右脇の痛みが戻ってきた。
「怪我をしている動きではないな」
「治療師には言うな」
「昨日、判断を相手任せにするなと言っていた」
「今の話と関係あるか?」
「たぶんある」
「ない」
※第3話「白刃と黒刃」は全三回です。
続きます。
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