(一)白刃
◆ 約束の翌朝
「遅い」
宿屋を出たセトへ、シアが開口一番そう言った。
朝日はまだ、村を囲む山の向こうから半分しか姿を見せていない。
「夜が明けたばかりだ」
「わたしはだいぶ前から待っていた」
「寝てないのか」
「寝る必要はあまりない」
シアは宿屋の前にある柵へ腰を預けていた。
昨日と同じ白い服に、同じ赤い帯。荷物らしいものは何も持っていない。
対するセトは、右の脇腹へ布を巻かれていた。
村の治療師によれば、骨は折れていない。ただし強く打っているため、数日は激しい運動を避けるようにと言われている。
大型魔獣との戦いの翌日に、剣を振るため森へ行くとは言えなかった。
「怪我は治ったのか」
「治ってはいない」
「なら、剣は出せるな」
「お前は本当に剣しか見てないな」
「昨日、明日見せると言った」
「約束したとは言ってない」
「約束した」
「お前の中で勝手に決まっただけだ」
シアは少し考え、それから首を傾けた。
「同じではないのか」
「だいぶ違う」
◆ 村の外へ
セトは村を出て、昨日とは反対側の林へ向かった。
大型魔獣を倒した場所には、死体の処理へ向かった村人たちがいる。剣状精霊術を試すには人目が多すぎた。
「村の中では見せないのか」
「危ないからな」
「昨日の魔獣より危ない剣なのか」
「人に当たれば危ない」
「当てなければいい」
「そう思って事故を起こす奴がいる」
林を抜けた先に、小さな採石場の跡があった。
今は使われておらず、むき出しの岩壁と、切り出されずに残った石があるだけだ。
周囲に人の気配はない。
セトは足元から拳ほどの石を拾い、少し離れた平たい岩の上へ置いた。
「剣を見るだけではないのか」
「性質まで見たいんだろ」
「ああ」
「なら、まず離れろ」
シアは素直に五歩ほど下がった。
昨日よりは話を聞くようになったらしい。
「それで十分か」
「もう五歩」
「遠い」
「白刃は、見た目より少し長い」
シアがさらに下がる。
その目は、セトの右手から一度も離れなかった。
◆ 集める剣
セトは右手を握った。
周囲に漂う白い光が集まる。
光は手の中で細く伸び、長剣ほどの刃となって固定された。
「白刃だ」
「名前は見たままだな」
「一族でそう呼んでいる」
シアが近づこうとする。
「そのまま見ろ」
「遠い」
「さっき自分で十分かと聞いただろ」
シアは不満そうに止まった。
セトは白刃を構え、岩の上に置いた石へ向かって横に振る。
刃は石へ届いていない。
それでも、白い剣筋が刀身の先から延びた。
石が二つに割れる。
切断された片方が岩から転がり落ちた。
シアがすぐに石へ近づいた。
切断面へ指を当てる。
「刃の長さより遠くまで切れている」
「集めた精霊は、見えている形だけに収まっているわけじゃない。振った方向へ少し流れる」
「もっと遠くまで飛ばせないのか」
「できない。飛ばそうとすると形が崩れる」
「昨日は石を切っていた」
「あれも、この間合いの中だ」
白刃は飛び道具ではない。
見た目より間合いの広い剣でしかなかった。
◆ 刃であり続ける
「なぜ剣なんだ」
シアが尋ねた。
「何がだ」
「集めるなら、もっと大きな塊にした方が強い。壁にすれば攻撃も防げる」
「俺にはできない」
「精霊力が足りないのか」
「制御の問題だ」
セトは白刃を一度消し、再び作る。
先ほどとほとんど同じ長さ、同じ幅の刃が現れた。
「子供の頃から、精霊を集めたら剣の形へ固めるように教えられた。今では、別の形にする方が難しい」
「丸くするのは?」
「すぐ崩れる」
「壁は?」
「形にもならない」
「不器用だな」
「剣だけ見たがっていた奴に言われたくない」
セトは白刃を短くする。
長剣だった刃が、手のひらほどの短い刃へ変わった。
それを指先でつまみ、岩壁へ投げる。
白い短剣は岩へ刺さり、数瞬後に光の粒となって消えた。
「投げることはできるんだな」
「小さく作ればな。遠くへ飛ばすほど、形を保てなくなる」
シアは岩へ残った浅い傷を眺めた。
「大きな火を出す方が簡単そうだ」
「お前を基準にするな」
◆ 黒い剣
「もう一つは?」
シアが振り返った。
「もう一つ?」
「昨日から、剣を出す時に少し迷っている。今の白い剣とは別のものを出せるだろ」
セトは答えなかった。
シアは知識だけでなく、精霊の動きも見えているらしい。
白刃を作る直前、周囲の精霊へ働きかける方向を一瞬選んでいた。それだけで気づかれた。
「誰にも言うなよ」
「なぜだ」
「先に約束しろ」
「分かった。言わない」
返事が早すぎる。
「誰かに聞かれてもだ」
「言わない」
「面白いから見せろと言われても?」
「わたしだけが知っている方が面白い」
「理由は気になるが、今はそれでいい」
セトは右手を下ろした。
白刃を作る時とは逆に、手の周囲にある白い光を押しのける。
細長い空白が生まれた。
光がない。
岩壁も木々も、その部分だけが切り抜かれたように見えなくなる。
完全な黒が、剣の形を取っていた。
「黒刃だ」
※第3話「白刃と黒刃」は全三回です。
続きます。
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