(六)地下の音
◆ 消えていく火
東へ進むほど、異変は目に見えるようになった。
街道脇の草は黄色く変わっている。
林の木々は、日の当たる側だけでなく、根元から乾き始めていた。
小さな川では、魚が水面近くへ集まっている。
水が減ったわけではない。
水の中へ満ちていた力が薄くなり、生き物が落ち着きを失っている。
夜、街道脇で火を起こした。
薪には火が付く。
だが、シアが指先へ出した炎は、昼よりさらに小さかった。
「わたし自身の力は減っていない」
「周りから補えないのか」
「ああ」
精霊王であるシアは、人間より多くの力を内側へ持っている。
それでも、使えば周囲から取り込み、循環させる。
今はその循環が弱い。
「極炎にはなれるか」
セトが尋ねる。
「なれる」
「どれくらい保てる」
「分からない」
「使わずに済むなら、使わない方がよいでしょう」
ネアが焚き火の向こうから言った。
「遺跡へ着く前に力を減らすべきではありません」
「分かっている」
「シアは、分かっていると言いながら前へ出そうですね」
「必要なら出る」
「それを無茶と言います」
「必要なら無茶ではない」
「言葉を変えているだけです」
「ネアは細かい」
「あなたが大まかすぎるのです」
初めて会ったばかりとは思えないほど、二人の言葉はすぐにぶつかった。
セトは焚き火へ薪を足す。
「遺跡に着いてから決めよう」
二人が同時にセトを見る。
「何をだ」
「どちらが正しいか」
「両方正しくない可能性があります」
ネアが答えた。
「なら、その時に考える」
シアは焚き火へ手を伸ばす。
「肉はまだか」
「今焼いてる」
◆ 国境
翌日の昼前。
三人はローディア王国との国境へ着いた。
門の前には、いつもより多くの兵士が集まっていた。
ローディア側から逃げてきた商人や旅人が列を作っている。
荷物を置いたまま、歩いてきた者もいた。
セトは役所でもらった書状を兵士へ渡した。
兵士は内容を読み、三人を見る。
「東へ行くのか」
「ああ」
「今はやめておけ」
「何が起きている」
「分からん」
兵士は国境の向こうを振り返る。
「数日前から、地面の下で音がする。井戸の水が温かくなった村もある。術はほとんど使えない」
「山の遺跡については?」
兵士の顔が強張った。
「どこで聞いた」
「グラウスという男だ」
「知らん名だ」
「遺跡の場所をローディアへ流した人間だ」
兵士は答えない。
本当に知らないのか。
知っていて言えないのか。
どちらとも判断できなかった。
ネアが東を見る。
「かなり近いです」
「遺跡が?」
「原光が沈んでいる場所がです」
◆ 地下の音
その時、地面がわずかに揺れた。
大きな揺れではない。
石を敷いた道が、かすかに震えただけだ。
だが、馬が一斉に首を上げた。
列に並んでいた人々が、東を見る。
しばらく遅れて、低い音が届いた。
雷ではない。
山崩れとも違う。
地面の奥で、巨大な何かが動いたような音だった。
ネアが目を閉じる。
周囲に細い黒線が浮かぶ。
空から。
森から。
地面から。
無数の線が一斉に東へ引かれた。
「今、増えました」
「何が」
「原光を吸い上げる量がです」
シアの掌に、小さな火が生まれる。
炎は形を保てず、すぐに消えた。
「向こうで何かが動いた」
兵士が三人を見る。
「本当に行くのか」
「ああ」
セトは答えた。
「行かなければ、このまま全部なくなる」
兵士は書状を返した。
門が開く。
三人はローディア王国へ入った。
東の山地へ向かって、原光の流れが地面の下へ沈んでいる。
枯れ始めた森の先で、長く埋められていた何かが、目を覚まそうとしていた。
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