(一)足りない
◆ 季節外れの落ち葉
森の中で、乾いた葉が鳴っていた。
まだ葉を落とす季節ではない。
それでも地面には、茶色く変わった葉が何枚も積もっている。
風が吹くたび、枝から新しい一枚が離れた。
「こっちもだ」
先を歩いていた村の男が、一本の木を示した。
幹や太い枝には異常がない。
だが、枝の先では葉がしおれ、内側へ丸まっていた。
「昨日までは、ここまでじゃなかった」
男が枝へ手を伸ばす。
軽く触れただけで、葉の一枚が崩れた。
「雨は降っている。沢の水も減っていない。それなのに、山の東側から順にこうなっている」
セトは周囲を見る。
すべての木が枯れているわけではない。
青い葉を保っている木もある。
だが、その色にも力がなかった。
森全体が少しずつ薄くなっているように見える。
「病気か?」
セトが尋ねる。
「分からん。村で植物に詳しい者にも見てもらったが、虫も病気も見つからなかった」
男はシアを見る。
「精霊王なら、何か分からないか」
シアは返事をせず、枯れかけた木へ近づいた。
手のひらを幹へ当てる。
目を閉じた。
◆ 足りない
しばらくして、シアが手を離した。
「病気ではない」
「では、何だ」
村の男が尋ねる。
「足りない」
「水か?」
「違う」
シアは地面へ視線を落とした。
「この木だけではない。土も、空気も薄い」
男は意味が分からないように眉を寄せた。
セトにも、シアが何を指しているのかは分からなかった。
「精霊力が少ないということか」
「少し違う」
シアが右手を開く。
掌の上に小さな炎が生まれた。
いつもなら、ほとんど揺らがずに浮かぶ火だった。
今は輪郭が安定しない。
大きくなり、すぐに縮み、再び広がる。
「精霊術が不安定になっているという話は聞いている」
村の男が言った。
「町でも、火を起こせなかったり、風が途中で消えたりしているらしい」
「不安定に見えるだけだ」
シアは炎を消した。
「使おうとした時に、必要な分が集まらない。少ないものを無理に動かすから、形が崩れる」
「何が少ない?」
セトが尋ねる。
シアは少し考えた。
「火や水や風になる前の、元の力だ」
「そんなものがあるのか」
「ああ」
シアは地面を指した。
「世界の中を流れている。精霊がそれぞれの形へ分ける前の力だ」
「名前は?」
「原光」
シアは森の奥を見る。
「この辺りでは、その原光が足りなくなっている」
◆ 白刃の揺らぎ
セトは右手に白刃を作った。
白い刀身が伸びる。
だが、いつもより輪郭が薄い。
握りを強めても変わらない。
光が一度揺れ、刃の先端が短くなった。
「俺の白刃も同じか」
「ああ。形を作っているのはセトだが、集めるものが少ない」
セトは白刃を消した。
「魔剣が壊れた時に散った力では足りなかった?」
「あの魔剣が、この森のものまで吸っていたとは思えない」
魔剣が砕けた時、直前に一族の者たちから奪われた力の一部は戻った。
長く蓄えられていたものは、空や地面へ散った。
だが、それと森の異変は別らしい。
「今も減っている」
シアが言った。
「なぜ分かる」
「この木は、昨日より悪くなったと言った」
村の男がうなずく。
「魔剣はもうない。なのに減り続けている」
シアは東を向いた。
「別の何かだ」
◆ 森の外でも
山を下りると、森だけの問題ではないことが分かった。
畑では、苗の一部が倒れていた。
水路には水が流れている。
日差しもある。
それでも、根から力を吸い上げられないように葉が垂れていた。
村の術士が土へ手を当て、精霊術で根の周囲を整えようとする。
淡い光が土へ広がった。
だが、途中で消えた。
「まただ」
術士が息を吐く。
「昨日までは、三回に一回は成功した。今日はほとんど形にならない」
「自分の精霊力が減った感じはあるか」
セトが尋ねる。
「いや。俺自身は変わらん」
術士は自分の手を見る。
「術を出そうとすると、周りから集まってこない。自分の分だけで無理に動かしている感じだ」
シアの説明と同じだった。
使い手の力が失われたわけではない。
周囲にあるはずの力が足りない。
「ほかの村は?」
「東の村から来た商人が、向こうの方がひどいと言っていた。街道沿いの林は、枝の半分ほどが枯れているらしい」
「東か」
セトが呟く。
山の森も、東側から枯れ始めていた。
※第12話「枯れ始めた森」は全六回です。
続きます。
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