(九)先代の仇
◆ 戻る力
別の光が、倒れている一族の者たちへ流れた。
白刃を魔剣へ吸われていた男。
黒刃を保てなくなっていた女。
その体へ、淡い光が戻っていく。
「これは……」
祖父が自分の手を見る。
失われていた精霊力の一部が、魔剣から解放されて戻っている。
『直前に奪われた力は、まだ元の相手とのつながりが残っていた』
「先代の火は?」
『分からない』
空へ散る炎。
地面へ吸われる光。
周囲の精霊力へ混ざっていくもの。
どれが先代のものなのか、もう区別できない。
『先代は戻らない』
「ああ」
『あの剣に、先代の意思は最初からなかった』
魔剣を壊したからといって、救い出される魂はない。
ただ、奪われた力と、古い器が消えていく。
◆ 人の姿
炎の剣が揺れた。
『セト』
「どうした」
『もう保てない』
精霊剣から炎がほどける。
セトは柄を離さなかった。
剣の形が崩れ、赤橙色の光が腕の中へ広がる。
光が人の形を作った。
髪。
腕。
白い衣服。
シアが、セトの前へ戻る。
足が地面へ着く前に体が傾いた。
セトは両腕で受け止めた。
「大丈夫か」
「疲れた」
「それだけか」
「火も減った」
「動ける?」
「今は無理だ」
シアはセトの腕の中で、自分の手を見る。
「戻れた」
「ああ」
「わたしのままだ」
「ああ」
シアは小さく息を吐いた。
◆ 焼けた両腕
グラウスは地面へ倒れていた。
意識はある。
だが、両腕はひどく焼けている。
指を動かそうとしても動かない。
白刃も黒刃も作れない。
精霊力を集め、剣へ固定するための感覚そのものが、逆流によって傷ついていた。
祖父が近づく。
「動くな」
「動けるように見えるか」
グラウスの声は弱い。
それでも、セトとシアを見る目から意志は消えていなかった。
「魔剣は壊れた」
セトが言う。
「ああ」
「新しい魔剣も残らなかった」
シアは人の姿へ戻っている。
「今回はな」
「次があると思うか」
「精霊剣が存在する限り、魔剣もまた生まれる」
「だからといって、お前のものにはならない」
シアがセトに支えられたまま言う。
◆ 最後の問い
「先代を殺したことを後悔しているか」
セトが尋ねた。
グラウスはしばらく答えなかった。
「後悔していないと言えば、満足するか」
「しない」
「後悔していると言えば?」
「先代は戻らない」
「なら、聞く意味がない」
「お前が何を考えていたかは知っておきたい」
グラウスは焼けた腕を見た。
「私は、あの方となら、もっと大きなことができると思っていた」
「先代も同じだったとは限らない」
「そうだな」
初めて、グラウスがそれを否定しなかった。
「だが、あの方が私を選ばなかった理由を、最後まで聞けなかった」
「聞く前に殺したからだ」
シアが言う。
「ああ」
グラウスが目を閉じる。
「私が殺した」
◆ 一族の決着
祖父は無事な者たちへ指示を出した。
負傷者を村へ運ぶ。
グラウスの腕へ応急処置を施す。
魔剣の破片は残らず集める。
だが、破片にはもう火も精霊力も残っていなかった。
古い剣の形を保つこともできず、触れるたびに黒い粉となって崩れていく。
「持ち帰る意味はあるのか」
セトが尋ねる。
「記録には残す」
祖父が答えた。
「再び使えるものではないと確認したうえで処分する」
「封印は?」
「もう必要ない」
何代にもわたって守られてきた魔剣は消えた。
分かれた家系が背負ってきた管理の役目も、その意味を失った。
「一族の問題は終わったのか」
「終わらせなければならん」
祖父はグラウスを見る。
「だが、こいつがしたことまで、一族の内側だけで処理するつもりはない」
◆ 公表しない真相
グラウスは人間の国へ引き渡されることになった。
大会の準優勝者を殺したこと。
街道で人や魔獣を襲い、精霊力を奪っていたこと。
封じられていた危険な剣を持ち出したこと。
それらは、人間の罪として裁かれる。
ただし、すべての真相を公開するわけではない。
精霊王が自ら剣になること。
精霊剣の姿で死亡すれば、意思を失った器が残る可能性があること。
信頼された人間が、精霊王級の力を扱えること。
その知識が広まれば、精霊王を剣にしようとする者が現れるかもしれない。
「人間の記録には、魔剣を使った連続襲撃事件として残す」
祖父が言った。
「精霊王の死後に残る器だとは書かない」
「同じことをする人間が出るからか」
「ああ」
「隠していいのか」
シアが尋ねる。
「人間すべてへ教える必要はない」
祖父は答えた。
「お前が剣になるかどうかを、人間が探るようなことは避けたい」
シアは少し考え、うなずいた。
◆ 先代の仇
夕方には、負傷者の多くが村へ運ばれた。
グラウスも簡素な担架へ乗せられている。
両腕には布が巻かれ、板で固定されていた。
今後、剣を握れるようになる可能性は低い。
剣状精霊術を使えるかどうかも分からない。
担架が運ばれる前に、シアがグラウスの前へ立った。
セトに肩を借りている。
「先代の仇は討った」
「私を殺していない」
「魔剣を壊した」
「それで十分か」
「先代は戻らない」
シアはグラウスを見下ろす。
「お前を殺しても、先代の記憶が戻るわけではない」
「次代は、前の代とは別の存在か」
「ああ」
「なら、お前に私を裁く理由はないのではないか」
「わたしは先代ではない」
シアは答える。
「だが、お前が奪った火を引き継いだイフリートだ」
先代と同じ役割。
同じ属性。
それでも、別の個人。
「それに、わたし自身の力も奪われた」
「そうだったな」
「だから、わたしはわたしの理由でお前を止めた」
※第11話「名を呼ぶ剣」は全十回です。
続きます。
作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。
※ネタバレ範囲にご注意ください。
https://www.simulationroom999.com/blog/elemental-cross-top/




