(二)シア
◆ シア
セトの口から迷いは消えた。
「シア!」
役割名ではない。
先代と同じイフリートでもない。
セトが一人の少女へ付けた名前。
その音が修行場へ響いた。
シアの体が炎へ変わる。
燃えたのではない。
髪も、衣服も、腕も、足も。
人の姿を作っていたすべてが、赤橙色の光へほどけた。
グラウスが魔剣を振る。
「待っていた!」
炎の刃がセトへ迫る。
シアだった光が、その間へ入った。
赤い光がセトの右手へ集まる。
掌の中で細く伸びる。
柄が生まれる。
続いて、白に近い炎を中心に持つ長い刀身が形を作った。
金属ではない。
白刃とも違う。
炎そのものが、一本の剣として形を保っている。
セトは反射的に柄を握った。
同時に、シアの声が頭の中へ届いた。
『右へ動け』
耳から聞こえた声ではない。
握った剣を通じて、セトへ直接届いている。
セトは右へ踏み込む。
体が、思っていたよりも速く動いた。
魔剣の炎が、セトの左側を通過した。
◆ 精霊剣
足が地面を蹴った感覚はあった。
だが、一歩で進んだ距離が長すぎる。
体が軽い。
痛みが消えたわけではない。
動かなかったはずの右腕も、傷ついた左手も、まだ痛んでいる。
それでも、炎の剣から流れ込む力が体を支えていた。
『動かせるか』
「ああ」
『無理に速く動くな。わたしが合わせる』
「できるのか」
『分からない』
「またか」
『だが、今はできている』
グラウスが魔剣を横へ振る。
炎の斬撃が迫る。
『上だ』
セトは跳んだ。
炎の刃を飛び越える。
着地する前から、次の動きが分かった。
シアがセトの体を動かしているわけではない。
動く方向を決めているのはセトだ。
だが、どこまで力を出せば体が壊れないかを、シアが剣の中から調整している。
着地と同時に前へ出る。
炎の剣を振る。
グラウスが魔剣で受けた。
二本の剣がぶつかった。
◆ 生きている剣
赤い炎が弾けた。
グラウスの魔剣が、精霊剣の力を吸おうとする。
セトの右手から、力が引かれる感覚があった。
『勝手に持っていくな』
シアが言う。
精霊剣を包む炎が、一瞬で収まる。
魔剣へ触れている場所から火を引き、反対側へ集めた。
吸収される量が減る。
セトは精霊剣を滑らせ、魔剣との接触を外した。
すぐに別の角度から斬り込む。
グラウスは下がって避ける。
切っ先から伸びた炎が、黒い上着を焼いた。
「力を引いたのか」
グラウスが言う。
「シアが動かした」
「剣の中で意思を保っているのか」
「ああ」
グラウスの表情が変わる。
驚きではない。
求めていたものを、ようやく目にした者の顔だった。
「それが精霊剣か」
◆ 待っていたもの
「やはり、残るのだな」
グラウスが呟く。
「何がだ」
「その姿のまま死ねば、新しい器が残る」
魔剣の火が大きくなる。
「今代のイフリートが残す、新しい魔剣が」
『やはり、それが目的か』
シアの声が低くなる。
「シアは、お前のために剣になったんじゃない」
セトが言う。
「私のためである必要はない」
グラウスは魔剣を構えた。
「お前へ身を預け、その姿になれば十分だ」
「俺たちは、ここで死なない」
「それは私が決める」
「違う」
セトは炎の剣を正面へ向ける。
「シアは、お前の剣にはならない」
「今はな」
「死んだ後もだ」
「死ねば拒む意思はなくなる」
『だからこそ、死なない』
シアの言葉に、セトは柄を握り直した。
「今のも、シアからの返事だ」
## 剣として使う
「お前も精霊を剣として使っている」
グラウスが言う。
「私とお前の何が違う」
「白刃と黒刃は、意思のない精霊を剣の形へ集めているだけだ」
「今持っているものは違うと?」
「ああ」
「その娘が自ら剣になると言えば、死体を使うより正しいとでもいうのか」
「俺が剣にしたんじゃない」
セトは柄を握る。
そこにシアの意思がある。
「シアが俺に預けたんだ」
「使っていることに変わりはない」
『使われているだけではない』
シアが言う。
「シアも一緒に戦っている」
「剣が戦う?」
「今もお前の魔剣に火を吸わせないようにしてる」
グラウスの目が細くなる。
「それが違いだと言うのか」
「少なくとも、お前の魔剣とは違う」
※第11話「名を呼ぶ剣」は全十回です。
続きます。
作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。
※ネタバレ範囲にご注意ください。
https://www.simulationroom999.com/blog/elemental-cross-top/




