(六)火よ来たれ
◆ 魔剣の奥
グラウスは地面から魔剣を抜いた。
「だが、勘違いするな」
赤黒い刀身を、自分の正面へ立てる。
「お前たちが強くなったから、私を追い詰めたわけではない」
「負け惜しみか」
「今まで、この剣の表面にある力だけを使っていた」
シアが魔剣を見る。
刀身の中には、いくつもの火がある。
古いイフリートが残した力。
人や魔物、精霊術から奪った力。
先代イフリートから吸収した火。
シアから奪われた火。
それらは混ざっている。
だが、その奥に、まだ動いていない大きな火があった。
「前にはなかった」
シアが言う。
「いや」
グラウスが答える。
「見せていなかっただけだ」
「なぜ使わなかった」
「これを使えば、力加減が難しい」
グラウスは倒れている一族の者たちを見る。
「お前たちが来る前に、全員死んでは意味がない」
◆ 本来の力
「魔剣に、まだ力があるのか」
セトが尋ねる。
「力を蓄えるだけの剣だと思ったか」
「蓄えた力を出す剣だろ」
「それだけなら、人間が持つ器で十分だ」
グラウスの手が、魔剣の柄を強く握る。
「これは、かつてイフリートが剣として戦った時の器だ」
意思はない。
人格もない。
それでも、剣として力を通す形だけは残っている。
「蓄えた火を外へ放つだけではない」
赤黒い刀身の奥で、炎が一つの流れへまとまり始めた。
今まで混ざり合っていた火が、剣の中心へ集まっていく。
シアが一歩下がった。
「セト」
「分かってる」
白炎を強くする。
左の黒刃も構える。
「来るぞ」
◆ 火よ来たれ
グラウスが魔剣を持ち上げた。
刀身の赤黒い色が消える。
一瞬だけ、何の力もない鈍い剣に見えた。
周囲が静かになる。
風が止まった。
倒れている者たちの白刃や黒刃の残滓まで、魔剣へ引かれるように揺れる。
シアの髪が、グラウスの方へ流れた。
奪われた火が呼ばれている。
グラウスが告げる。
「火よ来たれ」
魔剣の奥で、何かが開いた。
◆ あふれる火
赤い炎が刀身から立ち上がる。
先ほどまでの火とは違う。
大きいだけではない。
炎が広がろうとせず、剣の周囲へ密集している。
赤。
白。
黒に近い暗い火。
異なる火が、一本の剣へ押し込められていた。
岩壁が赤く照らされる。
地面の水分が一瞬で蒸発し、白い湯気が上がった。
倒れている一族の者たちが息を詰める。
セトは白炎を正面へ構えた。
「シア、もっと火をくれ」
「今のわたしに出せる分は少ない」
「全部じゃなくていい」
シアが両手を向ける。
炎が白刃へ流れる。
白炎が大きくなる。
左の黒刃も形を強く固定する。
「二本で受ける」
「黒刃だけでは消せない」
「白炎だけでも斬れない」
「ああ」
◆ 一撃
グラウスが魔剣を振り下ろした。
剣そのものは、まだセトへ届かない距離にある。
それでも、炎の斬撃が修行場を横切った。
壁のような火ではない。
一本の巨大な刃だった。
セトは左の黒刃を前へ出す。
炎の先端へ触れる。
火を作る精霊力が崩れ始めた。
だが、消えるより早く、後ろから新しい火が流れ込む。
黒刃が赤く染まる。
光のない刀身へ、無理に火が押し込まれていく。
「持たない!」
シアが叫ぶ。
セトは右の白炎を重ねた。
黒刃で崩し、白炎で斬る。
二本を交差させ、炎の斬撃を受け止める。
衝撃が両腕へ走った。
足元の石が砕ける。
「まだだ!」
セトが二本へ力を込めた。
◆ 砕ける二刀
黒刃に亀裂が入った。
黒い剣に亀裂が見えるはずはない。
それでも、剣の形に保っていた空白が割れ、周囲の光が中へ流れ込んでくる。
左手の感覚が消えた。
「セト!」
シアがさらに火を送る。
白炎が強くなる。
だが、白刃の輪郭も揺れていた。
集めた光が炎に押され、外へ弾け始める。
黒刃が先に崩れた。
左手から、黒い形が消える。
炎の斬撃が白炎へ集中した。
白い刀身が大きく曲がる。
セトは柄を握り続けた。
「持て!」
シアが叫ぶ。
「持ってる!」
次の瞬間、白刃が砕けた。
白い光と炎が、セトの手元で爆発する。
◆ 届かなかった剣
セトの体が宙へ浮いた。
何が起きたのか分からないまま、背中から地面へ落ちる。
息が止まる。
視界の端で、シアも吹き飛ばされていた。
岩壁の近くへ転がる。
「シア!」
起き上がろうとする。
右腕が動かない。
左手にも感覚がない。
白刃を作ろうとする。
白い光が集まりかけ、すぐに散った。
黒刃も作れない。
二本とも、ただ消されたのではない。
形を保つための制御ごと、正面から壊された。
グラウスが炎の中から歩いてくる。
赤黒い魔剣は、強い火をまとったままだった。
「人間の技術としては悪くない」
グラウスが言う。
「だが、それだけでは、この剣には届かない」
セトの手には、もう一本も剣が残っていなかった。
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