(六)帰る場所
◆ 帰る場所
「シア」
セトが名前を呼んだ。
シアは両手を下ろして顔を上げる。
「ん?」
「帰ろう」
シアは一度だけ目を見開いた。
それから、大きく笑った。
「うん。帰る」
ネアも表情を緩めた。
「ようやくですね。一年近く戦って、さらに一か月待ちました。地上へ着くまで、余計なものとは戦いたくありません」
「何か来たら?」
「避けます」
「ネアが?」
「シアが避けてください」
「私が戦う流れじゃない?」
「戦わないと言ったばかりです」
『お二人とも、帰り道で争わないでください』
フィオラの声が翔嵐から聞こえた。
「争ってない」
「通常の会話です」
『その通常に一年近く付き合っていなかったので、判断がつきません』
セトは小さく笑った。
こうして三人のやり取りを聞くのも、ずいぶん久しぶりだった。
戦闘中は互いの位置と敵の動きばかりを確かめていた。
今は、次の砲撃を急ぐ必要も、逃げ道を探す必要もない。
シアとネアがいつもの調子で言い合うことが、少しだけ懐かしかった。
相手の命を気にして声を張り上げる必要はない。
返事が来るかどうかを心配せずに呼びかけられる。
それだけのことが、セトにはずいぶん長く失われていたように思えた。
「フィオラ」
『はい』
「地上へ戻ったら、何か食べたい」
『では、温かいものにしましょう』
宇宙では、フィオラの二翼がセトの身体を支えていた。
空腹で倒れることはなくても、食事の味や湯気まで忘れたわけではない。
セトは、地上で食べるものを思い浮かべた。
「一か月分?」
シアが尋ねた。
『一度に食べれば、別の意味で危険です』
「フィオラまでネアみたいになった」
「正しい指摘をしただけでしょう」
「続きは帰ってからにしろ」
セトは太陽へ背を向けた。
遠くに、青い星がある。
シアとネアが終焉の炎を追って離れた星。
セトとフィオラが、二翼で飛び出した星。
戦う場所ではない。
戻る場所だった。
シアの赤い四翼が開いた。
ネアの黒い四翼も並ぶ。
セトの背中では、フィオラの淡緑色の二翼が穏やかに光っていた。
◆ 帰路に並ぶ翼
「競争する?」
シアが、青い星を指さして言った。
「セトとフィオラを置いていくので却下です」
『私はセトさんと一緒ですので、置いてはいかれません』
「じゃあ、ネアを置いていく」
「帰還直前に、また長期戦を始めたいのですか?」
「やめとく」
シアは赤い四翼の勢いを抑えた。
そのまま飛べば、セトたちよりずっと先へ出られる。
だが、今は誰より先に到着する必要などなかった。
ネアも黒い四翼を広げ、三人と進む方向をそろえる。
セトは翔嵐を握り、淡緑色の二翼へ進路を示した。
フィオラが原光を循環させ、直線へ向けた流れを安定させる。
出発した時とは違い、前方にはシアとネアがいる。
四翼二人は、速度を上げすぎずにそのまま並走した。
戦っている間は、相手の攻撃を避けるため、二人の距離は何度も変わった。
片方が前へ出れば、もう片方が追う。
そうして動き続けた二つの光が、今は淡緑色の翼を挟んで同じ速さを保っている。
「ずいぶんゆっくりだな」
シアが振り向く。
「先に行っててもいいぞ」
「それじゃ競争する相手がいない」
「ネアがいるだろ」
「私は参加しません」
「ほら」
シアが笑った。
セトは答えずに進路を保った。
追うべき敵の赤い光は、もう前方にない。
動いているのは、シアの赤、ネアの黒、フィオラの淡緑だけだった。
振り返れば、太陽はまだ大きく輝いている。
その中で何が起きたのか、すべてを知ることはできなかった。
それでも、四人で確かめた結果は変わらない。
核は戻らず、終焉の炎の巨体も現れない。
これまでの長い戦いでは、二つの光が敵を追い、敵の攻撃を避けるために動いていた。
今は三つの光が、同じ速さで一つの方角へ進んでいる。
誰かを倒すためではない。
帰るためだった。
※第67話「太陽へ落とす」は全七回です。
続きます。
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