(六)星の外へ
◆ 再生の記録
セトは一年近い報告書から、赤い光が大きく弱まった日だけを抜き出した。
並べた紙には、最初の位置、明滅の長さ、その後の確認時刻が書いてある。
どの夜にも同じ記録があるわけではない。
光が見えなかった時間を、巨体が消えていた時間と同じにはできなかった。
だから、確実に弱まった時刻と、再び確認された時刻を別々に並べる。
フィオラも隣に座り、紙の向きを合わせた。
「この日は、赤い光がほとんど分からなくなっています」
「翌日には戻ってる」
「別の国でも確認されています。位置も大きく離れていません」
「やっぱり、あれだけ削っても戻るんだな」
セトはもう一枚をめくった。
強い赤と黒の明滅が重なった後、終焉の炎の光が弱くなった日だ。
次の記録では、その光が再び現れている。
削った部位や攻撃の種類までは分からない。
だが、戦闘の規模を変えても決着したという報告は一つもなかった。
観測できなかった空白を、勝利や敗北で埋めるつもりはない。
「もっと大きく撃てば、いつか消せると思ってた」
「シアさんとネアさんは、もう何度も大きく削っているはずです」
「ああ。それを一年近く続けてる」
セトは、再び光が確認されるまでの時間を追った。
何度壊しても戻る。
同じ場所を貫いても戻る。
二人が同時に全身を削っても戻る。
今までと同じ戦い方を続ける限り、結果も変わらない。
セトは星図を引き寄せ、戦場が通ってきた軌跡を指でなぞった。
位置を示す印のひとつで、その指が止まる。
「これしか方法がないか」
フィオラが顔を上げた。
セトはまだ、考えた内容を説明しなかった。
◆ 戦場へ行く
翌日、セトは訓練室で十四個の水球を浮かべた。
右と左へ異なる量を送り、一方だけ急に増やす。
十四個の位置をばらばらに変えても、流れは途切れなかった。
以前のように、一か所が詰まるたび全部を直す必要はない。
水球を戻し、セトは最後のひとつを消した。
自分が用意できる部分は、ここまでだ。
「フィオラ」
「はい」
「オレを戦場まで運べるか」
フィオラはすぐには答えなかった。
壁に広げられた星図を見て、戦場の位置を確かめる。
今いる場所からは、遠く離れている。
しかも戦場は、観測した時と同じ場所に留まっているわけではない。
「二翼で戦うことを求めているのではありませんね」
「ああ」
「私には分霊核がありません。シアさんとネアさんが一年近く戦っている場所で、私が加わっても足手まといになると思います」
「戦う必要はない。運んでくれればいい」
「到着するまでに、戦場も移動します」
「一年分の記録から進む先を予測する」
「大きく方向を変えた場合は?」
「途中で直す」
フィオラは星図の線を指でたどった。
二翼は八翼のように攻撃を重ねる形ではない。
だが、セトを運び、一つの方向へ長く進むなら役に立つ。
セトが飛行の途中で周囲を見ることも、戦場へ近づく位置を調整することもできる。
ただし、二人が到着するまで戦いが続いていることが前提だった。
「分かりました。セトさんを連れていきます」
セトは報告書をまとめた。
一年間書き続けた数字は、二人がどこへ進むべきかを示している。
今まで星図の上で追うしかなかった三つの光へ、ようやく自分から近づくことになる。
あとは、その場所へ行くだけだった。
◆ 星の外へ
出発の日、空はよく晴れていた。
観測筒は太陽に近い戦場へ向けられていたが、三つの光すべてが見えるわけではない。
セトは一年近く書き続けた報告書へ、出発時刻と予想到着位置を記した。
最後の紙を重ね、机の上へ置く。
次の戦況は、報告書ではなく自分の目で確かめることになる。
フィオラがセトの前へ進み、手を差し出した。
「セトさん」
「ああ。頼む、フィオラ」
フィオラの淡緑色の身体が光へ変わった。
風の精霊剣、翔嵐がセトの手に収まり、背中へ二枚の淡緑色の翼が開く。
翼の周囲に原光が集まり、進む方向へ流れ始めた。
その循環は、セトの身体にも生命維持に必要な力を届けている。
セトは身体の周囲へ薄い水の膜を作った。
外界の急激な温度変化を和らげ、身体を保護するための補助だ。
水を扱う流れと、翔嵐が作る風の流れが、異なるまま精霊回路を通る。
ヴァルナが再調整した回路は、負荷の変化に合わせて静かに形を変えた。
どちらの働きも妨げない。
『準備できました』
「行くぞ」
二翼が強く光った。
地面が遠ざかり、雲が眼下へ流れていく。
青かった空が薄れ、やがて暗い宇宙が広がった。
セトは地上を振り返らず、進路の先を見た。
目指すのは今観測できる光の位置ではない。
一年近く移動を続けた戦場が、自分たちの到着時にいるはずの場所だった。
セトは星図の予測と目の前の光を比べながら、フィオラの二翼へ進む方向を与えた。
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