(五)強くなったもの
◆ 強くなったもの
フィオラが再び横から風を放った。
十四個の水球が、同じ瞬間に別々の方向へ押し流される。
セトはひとつを加速させ、二つを止めた。
三つを近づけてから、それぞれ反対の方向へ逃がす。
残る八つは、最初の軌道を維持したまま動かした。
水球同士が交差しそうになるたび、精霊回路の中で流れの経路が変化する。
一か所へ集中する負荷が、空いている部分へ分散していった。
セトは水球の位置と動きだけを見て、次の方向を決める。
十四個すべてが元の位置へ戻った。
床には、一滴も落ちていない。
「今度は落ちていません」
「前より、考えることが減った」
「何も考えずに動かせるようになったのですか?」
「そうじゃない。何をさせるかだけ考えられるようになった」
セトは右の水球を一つだけ速くした。
以前は、それを動かすために、回路のどこを絞るかまで考えなければならなかった。
今は必要な流れを送れば、道の方が形を変える。
操作を回路へ任せたわけではない。
十四個の位置も、量も、速度も、セト自身が決めている。
ただ、通すための余計な調整が減ったのだ。
「力そのものが増えたのでしょうか?」
「増えてはいない」
ヴァルナが答えた。
「同じ力を、止めずに通せる。違う流れを、違うまま通せる。大きな流れが来ても、狭い場所だけで受けなくてよい」
セト自身が精霊王級の出力を手に入れたわけではない。
それでも、二本の四翼精霊剣から異なる流れを受けた時、以前より長く扱える可能性ができた。
セトはヴァルナへ、なぜ今ここに来たのかを改めて尋ねた。
ヴァルナは少し首を傾ける。
「大変そうだと分かった。来れば、できることがあると思った」
「その理由は?」
「分からない」
セトとフィオラは顔を見合わせた。
答えは最初と変わらない。
だが、今の回路が前より柔軟になったことだけは、確かだった。
◆ 一年の軌跡
ヴァルナが村へ戻った後も、観測と訓練は続いた。
七か月。八か月。九か月。
セトが用紙を重ねるたび、机の端に報告書の山が増えていった。
三つの光が見える夜も、見えない夜もある。
それでも、別の国の記録を合わせれば、宇宙の戦いは続いていると分かった。
終焉の炎を示す赤が小さくなり、しばらくして戻る。
シアとネアの光も、激しく位置を変えながら消えずに残っている。
同じ記録が繰り返される中で、戦場そのものは少しずつ別の場所へ進んでいた。
大きく弧を描いた軌跡が、金星のかなり近くを通った。
五か国の天文設備は一斉に向きを変え、光が惑星へ近づきすぎないかを追った。
巨大な赤い光が次にどちらへ飛ぶのか、確実に予測できる者はいない。
幸い、三つの光は金星へ落ちず、その先へ進んだ。
セトは星図の上へ、最も接近した時点の印を付けた。
「通り過ぎたんですね」
「ああ。だが、次の場所が分かったわけじゃない」
「観測を続けます」
さらに月日が過ぎた。
戦場は水星の公転軌道を越え、その内側へ入っていく。
太陽に近づくほど、地上から光を見分けるのが難しくなった。
日差しが強い時間に位置が重なると、観測筒を向けられないこともある。
それでも各国の記録を集め、見えた時間だけを重ねれば、おおよその進路は追えた。
「毎日見ていたのに、今は見えない日が増えた」
「見えないからといって、戦いが終わったわけではありません」
「分かってる。だから記録を止めない」
セトは最後に確認できた位置を、次の用紙へ写した。
一年近くが過ぎても、報告書の上にはまだ三つの光が残っていた。
※第65話「一年の戦い」は全六回です。
続きます。
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