(一)終わらない翌日
◆ 終わらない翌日
戦いは、終わらなかった。
シアとネアが終焉の炎を星の外へ運び出した翌朝、地上にはいつもと同じ陽が昇った。
山を崩す巨腕も、空を覆う赤い四翼も、もう頭上にはない。
それでも、昨日までの戦場が安全になったわけではなかった。
セトは天文設備の観測筒をのぞき、星々の間にかすかに揺れる光を探していた。
フィオラは脇に立ち、観測担当者が読み上げる位置を紙へ記している。
「見つかりましたか?」
「三つ、ある。赤が二つと黒が一つだ」
「シアさんとネアさん、それから終焉の炎ですね」
「色だけじゃ断定できないが、消えていないのは分かる」
赤い光が急に広がり、黒い光がその近くへ重なった。
少し遅れて、別の赤い光が強く伸びる。
それは巨体の胸から放たれた収束砲なのか、再生の途中で大きくなった光なのか。
ここからでは分からない。
ただ、二人がまだ戦っているらしいことだけが伝わってくる。
セトは目を離さず、明滅した時刻を口にした。
フィオラが記録し、担当者が星図の上へ小さな印を付ける。
「今度は黒が動いた」
「追っているのか、避けているのかは見えませんね」
「ああ。行けない以上、見えたものを残すしかない」
観測を終えても、セトは報告用紙を捨てなかった。
翌日、同じ場所へ新しい紙を並べた。
その次の日も、三つの光を追った。
宇宙での長い戦いと、地上での長い一年は、こうして同時に始まった。
◆ 地上から見える戦い
観測は一日ごとに積み重なった。
天文設備で光の位置、現れた時刻、明るさ、伸びた方向を記録する。
同じ日に何度も見えた光は、別々の記録として残す。
すべての光が一度に見えるわけではない。
見失った時間も、そのまま記録へ書き込んだ。
最初の数日は、三つがどちらへ動いているのかさえ確信できなかった。
十日を過ぎる頃、戦場の位置が少しずつ変わっていることが分かった。
遠ざかるだけではない。
強い明滅の後で、進む方向が変わっているように見える。
「攻撃の反動か?」
「可能性はあります。でも、どの光が押したのかまでは分かりません」
「なら、位置の変化だけ書いておこう」
フィオラは夜ごとの星図を並べた。
光の位置を結ぶと、不規則に折れ曲がる線ができる。
線の向こう側には、天文設備から見えなくなる時間帯もある。
観測担当者は、無理に点と点をつなげないよう注意した。
ひと月ほど経つと、繰り返す変化だけは確かめられるようになった。
終焉の炎と思われる赤い光が弱くなる。
赤と黒の二つが近づく。
その後、弱まっていた赤がまた大きく見える。
「今夜こそ、ほとんど消えたように見えます」
「前にもそう見えた。次の記録を待とう」
翌日、その赤い光は戻っていた。
セトは新しい記録を加えた。
用紙の上部には、役所が付けた長い名前がある。
甚大災害級個体天文報告書。
シアとネアまで災害と同じ分類に入れられるのは気に入らなかった。
それでも、地上から星ほど遠い場所の攻撃を確認できる以上、人間の国が危険を記録する必要も理解していた。
◆ 見えないもの
記録が増えるほど、セトは別のことに気づいた。
見えた光と、そこで起きた出来事は、必ずしも同じではない。
赤い光が二つ重なれば、片方が消えたように見える。
強い光に隠れて、黒い光を見失うこともある。
光が小さくなったとしても、肉体がどれほど削られたのかは分からない。
天文設備は、宇宙の戦場を近くへ連れてきてくれるわけではなかった。
「この日は赤が一つしかありません」
フィオラが古い報告書を開いた。
余白には、観測担当者による『消滅の可能性』という記載があった。
「次に確認できるまで、ずいぶん間が空いてるな」
「ですが、あとで二つの赤が見えています」
「なら、少なくとも消滅したと決める根拠はない」
セトは余白に『一時的に観測不能』と書き足した。
担当者の記録を消したわけではない。
その時点でどう見えたかと、後の情報から何が言えるかは分けておきたかった。
シアが星雨を撃ったのか、ネアが絶穿で穴を開けたのか。
遠い宇宙での攻防を直接見ていないセトに、そこまで分かるはずがない。
光の色は分かっても、砲撃の仕組みや、巨体の内側までは見通せない。
「これじゃ、壊し方は分からないな」
「でも、どんな結果が続いているかは分かります」
「ああ。消えていない、という結果だ」
フィオラは確実な数字だけを写し直した。
セトは観測できなかった時間を別の色で囲む。
分からない部分を埋めずに残すことも、長く追い続けるためには必要だった。
翌朝、二人はまた観測筒の前へ戻った。
※第65話「一年の戦い」は全六回です。
続きます。
作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。
※ネタバレ範囲にご注意ください。
https://www.simulationroom999.com/blog/elemental-cross-top/




