(一)残された紙
◆ 戻らない祖父
朝の稽古場に、祖父の姿がなかった。
セトは右手に白刃、左手に黒刃を作ったまま、家の方を見る。
いつもなら、セトが二本を作る前から木剣を持って待っている。
遅れているだけかと思ったが、家の中にも気配がない。
「いないな」
シアが縁側に座ったまま言った。
体を動かせる程度には回復している。
昨日からは、一人で家と稽古場の間を歩けるようにもなった。
だが、炎はまだ以前ほど強くない。
「村の誰かに呼ばれたのかもしれない」
「朝食も食べていない」
祖父の分だけ、食事がそのまま残っていた。
「先に出ただけだろ」
「剣もない」
壁に掛けてあった木剣が消えている。
祖父が普段使う外套もなかった。
セトは白刃と黒刃を消した。
「少し見てくる」
「わたしも行く」
「休んでろ」
「歩ける」
「まだ戦えるほどじゃない」
「歩くだけなら問題ない」
止めても付いてくるだろう。
セトは諦め、シアとともに村の中央へ向かった。
◆ 消えた一族の者たち
村には人がいた。
畑へ向かう者。
家の前で道具を整える者。
普段と変わらない朝に見える。
だが、稽古場に集まることの多い一族の者だけが見当たらなかった。
「じいさんを見なかったか」
セトが近くにいた若い男へ尋ねる。
男は一瞬、答えに迷った。
「山へ行った」
「何をしに?」
「俺は知らない」
「誰と行った」
「年長の者たちだ」
「何人だ」
「七人くらいだったと思う」
祖父一人ではない。
白刃や黒刃を実戦で使える者たちが、まとめて村を出ている。
「どの山だ」
「修行場の方だ」
村の裏手から続く山道。
かつて一族の者が、長期間の稽古に使っていた場所がある。
村から歩けば半日近くかかる。
「いつ出た」
「夜明け前だ」
セトは家へ戻ろうとした。
「山へ行かないのか」
シアが尋ねる。
「先に確かめるものがある」
◆ 残された紙
祖父の部屋は、普段と大きく変わっていなかった。
古い記録を収めた木箱も残っている。
だが、机の上に一枚だけ、見慣れない紙が置かれていた。
祖父の字ではない。
書き写したものらしく、文章は短かった。
> グラウスへ。
> 封印の記録と、今代のイフリートを山の修行場へ移す。
> 欲しければ来い。
「わたしはここにいる」
シアが言った。
「嘘を書いたんだ」
「グラウスを呼ぶために?」
「ああ」
紙の下には、祖父の字で一言だけ残されていた。
> これは一族の問題だ。
セトは紙を握った。
「勝手なことを」
「わたしたちを巻き込みたくなかったのかもしれない」
「もう巻き込まれてる」
「わたしを使って呼んだ」
「本人を連れていかなければいいと思ったんだろ」
「わたしが行かなければ、グラウスは怒るかもしれない」
「怒らせるために呼んだようなものだ」
祖父たちは、グラウスがシアを狙っていると知っている。
新しい魔剣を得るため、シアが精霊剣になるのを待っている可能性も話した。
そのシアを餌にすれば、グラウスは来る。
「今から行くぞ」
「ああ」
◆ 山道
セトとシアは村の裏から山へ入った。
道は細い。
木の根が地面を横切り、ところどころ岩が露出している。
シアは自分で歩いていた。
以前より遅いが、足取りは安定している。
「背負わなくていいのか」
セトが尋ねた。
「走るなら必要だ」
「今は?」
「まだ歩ける」
「無理になったら言え」
「ああ」
しばらく進むと、道の脇に白い傷が残っていた。
木の幹が浅く斬られている。
さらに先には、黒く変色した草。
「白刃と黒刃の跡か」
「戦いながら進んだ?」
「いや」
傷はどれも小さい。
攻撃ではなく、目印として残したものだった。
祖父たちは、後から誰かが来る可能性を考えていた。
「来るなと言いながら、道は残すのか」
「勝てなかった時のためだろう」
「最初から負けるかもしれないと思っていた?」
「グラウスの強さは話したからな」
「それでも行った」
「ああ」
セトは歩く速度を上げた。
※第10話「再戦」は全六回です。
続きます。
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