(五)一瞬の極剣
◆ 一瞬の極剣
通路の奥から、肉体が押し寄せる低い音が続いていた。
フィオラの二翼が外へ向かう流れを保ち、ネアの四翼が中枢へ集まる原光を抑えている。
セトは二人の位置を確かめた。
白刃の先にあるのは、シアを固定する鎖の中枢だけだ。
周囲の肉体までまとめて壊す必要はない。
「フィオラ!」
「道は開いています!」
「ネア!」
「鎖への流れを抑えています!」
中枢の赤い光が細くなる。
セトは踏み込んだ。
身体の安全制限を一瞬だけ外し、大量の原光を白刃へ流し込む。
刀身の内部から、強烈な白光があふれた。
刃の縁には光の帯が重なり、輪郭がまばゆく揺らぐ。
普段の白刃とは明らかに異なる輝きだった。
刀身は同じ位置にある。
だが、光が刃の縁からあふれ、振るう前から白い軌跡が浮いて見える。
セトはその輝きに意識を奪われず、中枢の一点だけを狙った。
「極剣!」
一振り。
白い閃光が中枢を走る。
外側の鎖が切れた。
その内側に重なっていた導路も断たれる。
さらに奥の固定部へ、一本の白い線が通り抜けた。
中枢が左右へ分かれ、切断面から赤い光が散る。
直後、刃を包んだ強烈な白光が消えた。
白刃は通常の輝きへ戻っている。
セトはそのまま剣を引き、シアへ目を向けた。
中枢から各鎖へ流れていた赤い光が消えていく。
手足と胴を囲んでいた鎖が力を失い、壁へ伸びる導路も垂れ下がった。
固定を失ったシアの身体が前へ傾く。
ネアがすぐに抱き止めた。
「シア」
呼びかけても、まだ反応はない。
だが、もう鎖に支えられてはいなかった。
セトが白刃を解くと、ネアは意識のないシアを両腕で抱え直した。
「外へ出る」
「はい」
フィオラが答え、退路の状態を確かめた。
◆ 閉じる道
縛炎鎖の中枢が切れたことで、内部の流れが急に変わった。
シアから奪っていた火が途絶え、行き先を失った原光が周囲の導路へ押し戻される。
今まで通路の外へ向かっていた流れも、別の場所から流れ込んできた原光に押され始めた。
赤い肉体が膨らみ、せっかく残した道の形を崩そうとしている。
「動きます。私が先に出ます」
ネアはシアを抱えて空洞を離れ、黒い四翼で通路へ入った。
フィオラは二翼から生じた風でセトの身体を浮かせ、片腕で支える。
「自分で動ける」
「六翼はもうありません。私が運ぶ方が速いです」
「分かった。道を頼む」
フィオラはうなずき、ネアの後へ続いた。
しばらく進むと、右側の壁がせり出してきた。
侵入時なら、絶光で切って翔嵐で流していた場所だ。
今は二人とも人型で、シアとセトを運んでいる。
「右から来ます!」
「抑えます!」
ネアが四翼の一枚を右へ向け、膨らむ肉体へ流れ込む原光を下方へそらした。
壁の動きが鈍る。
フィオラはそこへ戻ろうとする原光を後方へ流し、中央に細い隙間を残した。
だが、すべての壁を同時に抑える余裕はない。
「左へ寄ってください!」
フィオラの声に、ネアがシアを抱えたまま左へ動く。
直後、右側の壁が閉じた。
無理に押し開かず、通過する場所だけ確保したのだ。
セトは背後を見た。
通った後から道が閉じていく。
前回とは違う。
今は、四人が通り抜ける方がわずかに速かった。
「このまま行ける」
「はい。出口まで流れをつなぎます」
◆ 外へ
「入口が見えます!」
フィオラの声に、セトが前を見た。
遠くに外の光が差している。
最初に切り開いた胸部の傷だ。
だが、周囲の赤い組織が寄り集まり、穴は細い線のようになっていた。
後ろの道を保ちながら、出口まで大きく押し広げる余裕はない。
「ネア! 入口の周りを!」
「分かっています!」
ネアはシアを抱えたまま四翼を前へ向けた。
傷口へ集まる原光の方向が変わる。
肉体の動きが一瞬だけ緩んだが、組織そのものはまだ塞がろうとしていた。
「フィオラ! 切れ目から外へ流せるか?」
「やってみます!」
淡緑色の二翼が大きく広がった。
フィオラは傷の奥へ力をぶつける代わりに、すでに外へ向かっていた流れへ自分の風を重ねた。
切断された組織がその流れに引かれ、原光とともに胸の外へ噴き出す。
塞がりかけた切れ目が広がった。
通れる幅はわずかだが、四人には十分だった。
「先に出ます!」
ネアがシアを抱え、黒い四翼で外へ飛び出す。
フィオラもセトを支えたまま続いた。
二翼の流れが身体を出口へ押し出す。
セトの足が赤い皮膚の縁を越えた直後、背後で肉体が閉じた。
胸部の傷は、再び何事もなかったようにつながっていく。
ネアとフィオラは振り返らず、巨体から距離を取った。
終焉の炎の赤い四翼は、まだ原光を取り込んでいる。
シアを外へ連れ出しても、あれが停止したわけではない。
だが、いま優先すべきことは一つだった。
後ろで閉じた傷を再び開いても、もう戻る必要はない。
セトは巨体へ視線を向けたが、追撃のために剣を作り直すことはしなかった。
シアが目を覚ましていないうちは、距離を取ることが先だ。
意識のないシアを、縛炎鎖の届かないところまで運ぶこと。
※第62話「救出」は全六回です。
続きます。
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