(六)解放
◆ 解放
十分に距離を取ると、ネアが速度を緩めた。
腕の中のシアに、まだ反応はない。
それでも、終焉の炎の中とは違っていた。
シアの身体を巡る火は、外へ奪われていない。
新たに生まれた火も、シア自身の中に残っている。
細くなっていたセトとのつながりが、少しずつはっきりしてきた。
「縛炎鎖の作用は消えています」
ネアが言った。
「シアの火は、もう終焉の炎へ流れていません」
セトはフィオラに支えられたまま、ネアの腕へ近づいた。
赤い髪。閉じた目。動かない手。
空洞で見た時と同じ姿だ。
それでも、もう鎖は巻きついていない。
「シア。聞こえるか」
しばらく返事はなかった。
セトがもう一度名を呼ぶと、閉じていた目蓋がわずかに動いた。
「……うるさい」
小さな声が返る。
ネアがその場で速度を落とした。
「シア?」
シアは目を開いた。
最初にネアの顔を見る。
次に、その横でフィオラに支えられているセトを見た。
「……ネア」
「はい」
「セト」
「いる」
「フィオラ?」
「はい。私もいます」
シアは周囲を見回した。
視線が遠くの赤い巨体へ向く。
「外?」
「ああ。縛炎鎖は切った」
シアは自分の指を曲げた。
指先に小さな火が灯る。
火は終焉の炎へ引かれず、シアの手の中に残った。
「戻った」
言葉は短かった。
だが、今度は確かにシア自身が動かした火だった。
フィオラも、二翼で支えているセトを少しだけ近づけた。
シアの目が三人の間を行き来する。
誰も鎖を引いていない。
火を出しても、どこかへ流れ出す感覚はなかった。
◆ 選び直す火
シアは指先の火を、少しだけ強くした。
火は奪われない。
終焉の炎へ向けて力を流す導路も、縛炎鎖とともに断たれていた。
代わりに、別のつながりがある。
ずっと細いまま残っていた、セトとの精霊剣接続だ。
シアはその流れを確かめた。
無理に引き出される感覚はない。
相手がすぐそばにいることだけが、静かに伝わってくる。
「意識は戻っていますか?」
「見れば分かるだろ」
「自分が誰か分かりますか?」
「分かる」
ネアはシアの様子を確かめた。
受け答えにおかしなところはない。
シアはセトへ顔を向けた。
「助けに来たの、見えてた」
「声は届いたか?」
「聞こえなかった。でも、探してるのは分かった」
「そうか」
「一回戻った」
「ああ」
「ちゃんと、また来た」
「ああ」
「遅い」
「悪かった」
「でも来た」
シアは、少しだけ口元を緩めた。
ネアはシアの言葉が気になっていた。
「閉じ込められた場所から、外が見えていたのですか?」
「うん。ほかにも変なものが見えた」
「何が見えたのですか?」
「あとで話す」
「分かりました」
終焉の炎は、イフリートという機能を必要としていた。
だが、目の前のセトが探していたのはシアだった。
セトへ力を預けると決めたのも、自分だ。
シアは、残っていたそのつながりへ自分の火を向けた。
今度は誰にも奪われず、火の流れがセトとの接続へ戻っていく。
◆ 戻った四翼
シアはネアの腕の中から、フィオラの背後を見た。
淡緑色の二翼が静かに広がっている。
風で身体を押して跳んでいた頃とは違う。
フィオラ自身が、自由に空中へ留まっていた。
「二枚?」
「はい」
フィオラが答えた。
「増えたのか」
「増えました」
「いつ?」
「シアさんを助けに来る前です」
「説明は?」
「長くなります」
「なら、あとで聞く」
シアらしい返事に、フィオラは小さく笑った。
ネアは、抱えているシアの様子を確かめる。
火は落ち着いている。
縛炎鎖へ奪われていた流れはなく、セトとのつながりも戻り始めていた。
「自分で飛べますか?」
「やってみる」
シアはネアの腕へ軽く手を置いた。
無理に身体を動かそうとしても、さっきまでなら鎖へ引き戻されていた。
今は違う。
自分の腕を動かせる。
指先で作った火も、思いどおりに消せる。
シアは背後へ意識を向けた。
赤い光が広がった。
一枚。
二枚。
三枚。
四枚。
半透明の赤い四翼が、空へ大きく開いた。
ネアが静かに腕を離す。
シアは落ちなかった。
自分の四翼で、その場に留まっている。
赤い翼を流れる原光は、もう終焉の炎へ向かわない。
ネアは黒い四翼を広げたまま、シアがふらつかないかを見ていた。
フィオラも、セトを支える二翼の高さを合わせる。
三人に囲まれているのに、シアを固定するものは何もない。
自分で翼の向きを変えられることを、シアはゆっくり確かめた。
「……戻った」
シアは四枚の翼を見てから、セトへ目を向けた。
セトがうなずく。
遠くでは、終焉の炎がなお原光を取り込み続けている。
兵器は止まっていない。
だが、その内側へ閉じ込められていた八翼の片方が、帰ってきた。
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