(六)二翼
◆ 二翼
何かが壊れる音はしなかった。
閉じられていた知識が、静かに開く。
古い風の流れが、フィオラの中へ入ってきた。
精霊王が、世界と直接つながっていた頃の循環。
身体の中だけでは終わらない原光の流れ。
周囲から取り込み、身体を通し、再び世界へ返す。
同時に、フィオラは自分の内側へ注意を向けた。
自分だけが存在すればよいという欲望。ほかの精霊王を消したいという衝動。アイオロスという役割だけへ戻ろうとする流れ。ミレナの記憶へ、自分が飲み込まれる感覚。
どれも現れなかった。
フィオラの背後へ、淡緑色の光が広がる。
一枚。
もう一枚。
二枚の半透明な翼が、左右へ斜めに伸びた。
四方向へ分かれることはない。
途中で止まったのでもない。
二枚の翼だけで、周囲から原光を取り込み、身体を通して外へ返す循環が成立している。
風が、精霊殿の周囲へ広がった。
白と淡い緑色の衣装の縁が、翼と同じ色へ淡く発光する。
「フィオラ」
ネアが呼ぶ。
「はい」
「自分の名前は?」
「フィオラです」
「あなたは誰ですか」
「ミレナさんの記憶と、アイオロスの知識を持つフィオラです」
答えに迷いはなかった。
「ミレナですか」
「違います」
「アイオロスですか」
「それは私の役割です。私の名前はフィオラです」
「セトは誰ですか」
「セトさんです。ミレナさんが選んだ記憶を持っていますが、今の私も自分で選んだ人です」
「シアは?」
「終焉の炎の中にいるシアさんです。これから助けに行きます」
「自分以外のものを消したいと感じますか」
「いいえ」
「自分だけが存在すればよいとは?」
「思いません」
フィオラは自分の内側を確かめた。
原初の知識はある。
外界とつながる循環もある。
だが、自分だけを残そうとする欲望はなかった。
「原初の欲望はありません」
ネアは、二枚の翼を流れる原光を観察した。
「知識は開いています」
「では、なぜ二枚だけなのですか」
「分かりません」
ネアは、まずそう答えた。
「ただ、風の精霊王の役割は、長い間、人間の血統の中にありました」
「はい」
「ミレナさんは、人間として生きながら、風の精霊王の役割も持っていた」
「はい」
「一度、人間の血と、人間としての人生を経由したことで、原初との接続が弱くなった可能性があります」
「それで、四翼ではなく二翼になった」
「推測です」
「原初の欲望が現れなかったのも?」
「同じ理由かもしれません」
フィオラは、自分の背後へ意識を向けた。
「知識が半分しか開かなかったわけではないのですね」
「はい。開いていない部分が残っているようには見えません」
「残りの二翼が、どこかに閉じているわけでもない」
「二翼だけで循環は閉じています」
「四翼になりかけて、途中で止まったのでもない」
「違います」
フィオラは淡緑色の二翼を静かに広げた。
「それなら、これが私の翼です」
ミレナが残した翼ではない。
アイオロスという役割だけが生み出した翼でもない。
これからもフィオラとして存在し、フィオラとして選び続けたいと願ったことで開いた翼だった。
※第61話「二翼のフィオラ」は全七回です。
続きます。
作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。
※ネタバレ範囲にご注意ください。
https://www.simulationroom999.com/blog/elemental-cross-top/




