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エレメンタルクロス ~精霊の剣~  作者: KEI
第61話 二翼のフィオラ

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(五)消えない自分

◆ 消えない自分


「消えたくない」


 フィオラは、先ほど口にした言葉を繰り返した。


「これは、シアさんとネアさんが使った言葉です」

「はい」

「ですが、お二人が消えたくなかったこと自体は、本物です」

「そうです」

「私には、本当に消えるものがないのでしょうか」


 ネアは答えなかった。

 それは、ネアが外から決められることではなかった。

 フィオラは再び目を閉じる。


 風の精霊王アイオロスとして受け継いだ知識。人間として生きたミレナの記憶。

 どちらも、フィオラが生まれるより、はるか前から存在していた。

 アイオロスの知識が持つ時間から見れば、フィオラが過ごした数か月など、ほとんど何もない。

 ミレナの記憶と比べても同じだった。


 家族と暮らした時間。村で過ごした時間。セトたちと旅をした時間。人間として悩み、選び、風の精霊剣となった記憶。

 その長さに比べれば、フィオラ自身が生まれてから積み重ねたものは、あまりにも少ない。


 風の精霊殿で目を覚ました。

 自分がミレナではないと知った。

 新しい名前を望んだ。

 フィオラという名を受け入れた。

 風の精霊殿を、自分が戻る場所に決めた。


 ミレナがセトを選んだ記憶を、そのまま自分の選択にはしなかった。

 自分の目でセトを見た。

 自分で考えた。

 そして、フィオラ自身の意思で、セトを精霊剣の使い手として選び直した。


 どれも、アイオロスの知識にはない。

 ミレナの記憶にもない。

 フィオラが生まれてから、自分で行った選択だった。


 だが、まだ少ない。

 フィオラをアイオロスという役割としてだけ見れば、数千年続く知識の端へ生じた、わずかな揺らぎでしかない。

 ミレナの続きとして見れば、長い人生の記憶が途切れた後に付け加わった、短い数か月でしかない。

 役割だけが残れば、フィオラはいなくてもアイオロスは存在できる。

 ミレナの記憶だけを基準にすれば、フィオラが生まれてからの時間は、ほとんど存在していないのと同じだった。


 フィオラ自身まで、自分をミレナの続きだと思ってしまえば。

 自分をアイオロスという役割だけで捉えてしまえば。

 フィオラという個人は、最初から存在しなかったことになる。


「……消えます」


 フィオラが言った。


「何がですか」


 ネアが尋ねる。


「私です」


 閉じた知識へ触れる。


「私は今、身体を失うわけではありません」


 境界は、まだ動かない。


「ですが、私をアイオロスとしてだけ見れば、私はいません」


 知識の奥で、何かがわずかに揺れた。


「ミレナさんの続きとして見ても、私はいません」


 フィオラは、自分の名を意識する。

 役割名でも、受け継いだ名前でもない。自分のために与えられ、自分で受け入れた名前。


「私は生まれてから、まだ数か月しか経っていません」


 アイオロスの知識と比べれば、一瞬にも満たない。

 ミレナの人生と比べても、ほとんど存在していないのと同じだった。


「それでも、私はここにいます」


 境界が揺れる。


「ミレナさんの記憶を持っています。アイオロスの知識も持っています」


 そのどちらも否定しない。

 捨てようとも思わない。

 どちらも、現在のフィオラが持つものだった。

 だが、それらだけがフィオラなのではない。


「私は、ミレナさんではありません」


 閉じた知識の奥へ、細い亀裂が入った。


「役割としてのアイオロスだけでもありません」


 フィオラが生まれてから選んだものを思い出す。


「これからも、フィオラとして存在したい」


 それは、誰かを助けるという目的より前にある願いだった。

 役割を果たすためではない。

 強くなるためでもない。

 自分という個人を、この先も続けたい。


「私は消えたくありません」


 境界が大きく揺れた。


「ミレナさんとしてではなく、フィオラとして選び続けたい」


 フィオラは、閉じた知識へ触れる。


「これから先の私を、私自身で作りたい」


 鍵が外れた。



※第61話「二翼のフィオラ」は全七回です。

続きます。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/elemental-cross-top/

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