(二)平らな世界
◆ 見えるのに届かない
シアは、さっき見えた街道へ意識を戻した。
歩いている人影は、まだそこにいる。
近くを別の人間が通り過ぎるのも分かる。
それなのに、こちらを向いてもらう方法が分からなかった。
声に出して呼び掛けようとすれば、口が動くのは縛炎鎖に捕らえられた自分の身体だけだ。
「おい! 誰か!」
声は空洞へ響いた。
遠くの道を歩く人間は振り返らない。
聞こえないのか、声が届くという考え方自体が違うのか、それすら分からなかった。
遠方が見えることと、そこへ何かを送ることは、少なくとも今のシアにとって同じではない。
目の前の七つの分霊核へ意識を向ける。
こちらは使い慣れた、自分の力の一部だ。
だが、一核をわずかに動かそうとしただけで固定枠の導路が明滅し、縛炎鎖へ火が抜けていった。
今度は四翼へ流れる原光を弱めようとする。
身体の内側で圧力が戻り、胸が締めつけられた。
先ほどまでと同じ拘束だった。
そもそもこの視界を開いたのも、シア自身の意思ではない。
何をどう動かせばよいか、考えるための手掛かりすらなかった。
「こんなに見えるのに……!」
世界のどこを見ればよいか分からないのではない。
見つけた場所へ手を伸ばす方法が、今の自分には分からないのだ。
シアは遠方を追うのをやめ、空洞の中に固定された自分へ意識を戻した。
少なくとも、ここで何が起こっているかは見失うまいと思った。
◆ 平らな世界
世界が平らに見えた。
山も谷も、町も道も、一枚の薄い面へ並べられている。
山が低くなったわけではない。
谷が埋まったわけでもない。
どちらも元の形のまま存在している。
それなのに、遠近を無視して一枚の上へ置かれているように感じられた。
シアを閉じ込めている赤い巨体も、その中にある。
巨体の内側にいるシアも、外側の山も、同じ一枚の上にある。
遠くにあるものは、遠くにあると分かる。
だが、遠くにあることが、それを見る妨げになっていない。
さっきまで別々の方向を向いて確かめていた場所が、視線を移さず一緒に並ぶ。
ひとつを見れば別の場所が隠れる、という当たり前の感覚も薄れていた。
「平らだ」
口にすると、それ以外の言い方が見つからなかった。
前にも、似たものを見た気がした。
神剣・創界を使ったとき。
あのときも、自分たちのいる世界が、一枚の面のように見えた。
その上には、別の世界のようなものまであった。
だが、あのとき見たものが何だったのかは、今も分かっていない。
今の光景と、どこが同じなのかも分からない。
ただ、世界の中にいながら、世界を別の場所から見ているような感覚だけが似ていた。
シアは、その薄い世界の外側にいるように感じた。
自分だけが、世界から外れている。
自分だけが、平らに見えるものを別の場所から眺めている。
その感覚に、強い違和感があった。
シアの身体は、今も赤い巨体の中にある。
縛炎鎖に捕らえられ、身動きもできない。
外側にいるはずがない。
だが、見ている感覚だけは、世界の中に収まっていなかった。
◆ 虹色の玉
平らな世界の上に、何かが浮かんでいた。
小さい。
人間が指先でつまめそうなほどの大きさに見える。
丸い。
透き通っているようにも、内部が光で満たされているようにも見えた。
赤。青。緑。黄。
色が分かれているわけではない。
すべての色が、表面と内側を流れながら一つになっている。
赤い光だけを取り出して見ようとしても、次の瞬間には別の色が重なっていた。
色の数を数えようとするたび、見る場所が分からなくなる。
「ビー玉?」
シアは、人間の持つ小さな玩具を思い出した。
見た目は似ている。
だが、それがどこにあるのか分からない。
シアの目の前にも見える。
平らに見える世界の上にも浮かんでいる。
終焉の炎の内側にあるようにも感じられる。
どの位置へ手を伸ばせば届くのかが分からない。
腕を動かそうとした。
縛炎鎖が強く締まる。
丸いものは動かない。
原光を感じ取ろうとする。
何も分からなかった。
空っぽではない。
力がないわけでもない。
だが、原光として捉えることができない。
七つの赤い分霊核なら、目を閉じても自分とのつながりを感じられる。
目の前にあるはずの玉には、その手応えが一切なかった。
だからといって、そこに何もないとは思えない。
見えていることだけが、存在を主張していた。
「おまえが、これをやってるのか?」
虹色の玉は答えない。
光の強さも変わらない。
ただ、そこに浮かんでいる。
※第60話「終焉の炎」は全七回です。
続きます。
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