(七)八翼の片方
◆ 最大出力の代償
「絶光を最大まで上げれば、再生を止められるか?」
ネアはすぐには答えなかった。
黒い刃の周囲で、膨大な原光が流れを変えている。
セトはその手応えから、まだ出力に余裕があることを感じていた。
『可能性はあります。ですが、シアも傷つけます』
「巨体だけ止めることはできないのか?」
『今は、分けられません』
セトが感じ取れる細い火の流れは、巨体の奥へ続いている。
そこから先は、全身を巡る原光と複雑に重なっていた。
シアは単に肉の中へ閉じ込められているのではない。
外から取り込まれた原光がシアへ向かい、シアを通った力が周囲へ流れている。
それを絶光で一度に断てば、再生だけを選んで止められる保証はない。
「シアの場所だけ避けるなら?」
『正確な位置が分かれば、範囲を絞れるかもしれません。ですが、今は流れが重なりすぎています』
「つながりは残ってる」
『あります。それでも、身体のどこに鎖があるかまでは読み取れません』
後方で閉じた肉が、さらに厚くなる。
セトは絶光の柄を握り直した。
この出力なら切り開けるかもしれない。
だが、その先でシアまで壊してしまえば、救出にはならない。
強い刃を持っていることと、使ってよい場所を知っていることは別だった。
「……分かった。今は使わない」
『ありがとうございます』
「謝ることでも礼を言うことでもない。助けに来たんだ」
セトは奥へ伸びる火の感覚から、意識を離した。
つながりがある限り、まだ方法は探せる。
今ここで最大出力を放つことだけは、その方法ではない。
「後ろを開ける。外へ出よう」
『はい。力を一方向へ集めます』
絶光に黒い四翼と七つの核の力が重なる。
閉じた退路へ、一本の深い亀裂が走った。
◆ 撤退
セトは黒い亀裂へ飛び込んだ。
絶光が後方の組織を切り裂き、開いた隙間の向こうに外の光が見える。
黒い四翼が身体を引き上げ、セトは終焉の炎の外へ抜け出した。
その直後、巨大な腕が迫る。
「来るぞ!」
『右へ抜けます!』
四翼が進路を曲げた。
赤い手が背後を通り過ぎ、巻き起こった風だけで岩が砕ける。
セトは距離を取り、巨体の胸部を振り返った。
絶光で開いた大きな傷は、すでに閉じ始めていた。
黒く断たれた部分を避け、赤い組織が横から伸びる。
やがて、どこを切ったのかも分からなくなった。
終焉の炎は追ってこなかった。
ゆっくりと腕を下ろし、顔に相当する部分をセトたちへ向けたまま動かない。
声はない。
シアの呼び声も聞こえなかった。
「四翼では足りない」
『はい。切り開くことはできても、入口を残せませんでした』
「もっと強く切ればいいわけでもないな」
『中のシアまで巻き込む危険があります』
セトは、さっきの侵入を思い返した。
前へ進むことはできた。
再生を一時的に抑えることもできた。
しかし、進んだ後の道が消えてしまう。
シアへ届くための突破力と、帰る道を保つ手段が、どちらも必要だった。
「八翼なら、突破できるか?」
ネアが内部の流れを探る。
つながりは細いが、まだ残っている。
『おそらく。二人の四翼を合わせられれば、できることは増えます』
「なら、八翼で――」
セトは言葉を止めた。
八翼になるためには、二本の四翼精霊剣が必要になる。
絶光と、極炎。
ネアと、シア。
『八翼の片方は、あの中です』
「ああ」
シアを救うために、シアの力が必要だった。
必要な四翼は、救い出すべき相手とともに、赤い巨体の内側へ閉じ込められていた。
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