(六)閉じる傷
◆ 四翼の絶光
「場所は絞れるか?」
「中心に近いところです。ただ、正確な位置は分かりません」
「胸の方から入る。近づいて確かめよう」
ネアが黒い光へ変わり、セトの手の中で精霊剣・絶光となった。
黒い四翼が背後に開く。
七つの黒い分霊核がセトの周囲へ並び、月の流れを支えた。
セトは四翼の力で地面を離れ、巨体の胸部へ向かう。
『シアの流れが、全身を巡る原光に重なっています』
「近づけば分けられるか?」
『少しは。ただし、どこに手を入れるべきかはまだ分かりません』
巨体の顔に相当する部分が、セトへ向いた。
太い腕がゆっくり持ち上がる。
動作は遅いのに、腕そのものが大きすぎる。
振り下ろされる範囲は、セトが飛んでいる空間だけでなく、背後の山まで覆っていた。
「右へ行く!」
『はい!』
黒い四翼が進路を曲げた。
巨大な手が、少し前までセトのいた場所を通り過ぎる。
岩壁に触れた瞬間、山肌が広く砕け、土煙が上がった。
セトはさらに距離を取り、手が落ちた跡を見た。
振る速度が遅くても、あれだけの大きさなら避ける余地は小さい。
『腕へ流した原光が、通常の四翼の一撃とは比べものになりません』
「八翼ほどあるのか?」
『一度に使った量だけなら、近い可能性があります。ただ、制御の細かさまで同じとは限りません』
ネアは推測の範囲を越えて断言しなかった。
セトは握った絶光を胸部へ向ける。
救出したい相手は中にいる。
巨体全体を倒すより先に、通れる道を作らなければならなかった。
「まず、あそこを切る」
『私が流れを断ちます。セトは位置を見てください』
黒い刃が、さらに深い色を帯びた。
◆ 閉じる傷
セトは終焉の炎の胸元へ飛び込み、絶光を振り下ろした。
黒い刃が赤い皮膚へ入る。
触れた場所から原光の流れが断たれ、厚い組織が裂けた。
切断の奥に、赤黒い内側が見える。
「通れそうだ!」
『待ってください。流れが戻ります』
傷の両側から、別の原光が集まってきた。
絶光が断った部分を避け、外周を通った力が裂け目へ流れ込む。
肉が伸び、開いたはずの道を塞ぎ始めた。
切断は失敗していない。
断った場所そのものには、まだ黒い空白が残っていた。
それでも周囲に別の経路があるため、傷全体は閉じていく。
「止めたところ以外から直すのか」
『はい。一つの経路だけを断っても足りません』
ネアは七つの分霊核を傷の周囲へ広げた。
複数の位置で同時に原光の流れを断つ。
赤い皮膚が伸びる速度が、目に見えて落ちた。
セトはその隙に、裂け目を深く切り開く。
刃は届いている。
だが、核で抑えていない別の部分が、次の原光を運んでくる。
『ここまで広い範囲へ、別々の流れがあるとは……』
「全部止めるのは無理か?」
『今の位置では、切り開いた場所を維持するだけで手いっぱいです』
ネアの声に、何かを思い出したような響きが混じった。
「知っている再生なのか?」
『光の精霊王だったものに似ています。ただ、同じ仕組みだと決めるには情報が足りません』
セトは切り開いた傷口を見た。
巨体は外側から原光を取り込み続け、切った場所へ次の流れを回している。
これ以上、傷の外で時間をかけても状況は変わらない。
「中へ入る!」
『私が入口を抑えます。急いでください』
セトは閉じかけた裂け目の奥へ飛び込んだ。
◆ 奥にいるシア
赤黒い組織が、左右へ厚い壁のように続いていた。
ここは自然の洞窟ではない。
力が通るたび壁の表面が動き、外から聞こえていた岩の崩れる音も遠くなる。
シアとのつながりは、さらに奥へ伸びていた。
「シア!」
セトが叫ぶ。
返事はない。
声が届いたかどうかも分からないが、つながりだけは消えていなかった。
セトは絶光を前方へ向け、ネアの力で壁の原光を断ちながら進む。
進路にある組織は切り開けた。
しかし、背後から外の光が細くなっていく。
『入口が閉じ始めています』
「後ろにも核を回せないか?」
『すでに回しています。ですが、前の再生を抑える核を減らすと、進路が塞がります』
セトは足を止めた。
前方の壁は、絶光を向ければ開く。
後方の壁も、同じ方法で開けるだろう。
だが、どちらか一方へ力を集中させた瞬間、反対側が閉じてしまう。
二人は進むための一つの道を作れても、道の両端を同時に守ることはできなかった。
「俺が進んで、ネアが入口を守るのは?」
『進んだ先の再生を止められません。シアのいる場所まで通れる保証がないのです』
「じゃあ、前を抑えている間に戻るしかないか」
『今なら、まだ退路へ届きます』
背後で組織がつながり、細かった外の光が消えた。
前へ進むほど戻れなくなる。
セトは奥へ続くわずかな火の感覚を確かめた。
近づいているはずなのに、手を伸ばせる距離にはまだ届かない。
ここで閉じ込められれば、シアを助ける者までいなくなる。
セトは進路ではなく、退路の側へ目を向けた。
※第59話「終焉の炎」は全七回です。
続きます。
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