(四)戻らないシア
◆ 戻らないシア
その少し前、シアが北の谷へ向かったまま戻らないことを、セトとネアは不審に思っていた。
シアは出発前に「すぐ戻る」と言った。
正確な帰還時刻を決めたわけではない。
それでも、確かめるだけの調査が長引き、念話への短い呼び掛けにも返事がないのは妙だった。
「見に行こう」
「ええ。あの子が黙って長居するとは思えません」
二人が谷へ着くと、地面は大きく割れていた。
岩と土が巻き上げられ、斜面には何本もの深い溝が残っている。
焼けた場所と焼けていない場所の境目も、自然な火事の跡には見えない。
谷の中央には、何か大きなものを引きずったような跡があった。
「戦った跡だ」
セトは地面から突き出した黒い鎖へ近づいた。
鎖は途中で焼き切られ、根元は地中へ続いている。
少し離れた岩の下にも、引きちぎられた別の一節が転がっていた。
シアなら鎖を壊せることは分かる。
そのシアが何本も壊してなお、戻ってきていない。
「シアがやったのか?」
「火の痕跡は、シアのものです」
「それなのに、本人がいない」
ネアは鎖に触れず、周囲の原光へ意識を向けた。
焼けた部分から地下へ、火の流れが残っている。
地表へ散った火ではない。
鎖を通り、離れたどこかへ運ばれた跡だった。
「相手は、シアの火を使っています」
「鎖で捕まえたのか」
「その可能性が高いです」
セトは谷を見渡した。
敵の姿も、シアの姿もない。
「連れていかれたんだな」
「少なくとも、ここにはもういません」
「生きているか?」
「つながりは消えていません。ただ、別の大きな流れが重なっています」
その言葉を聞き、セトは鎖の根元を見た。
「追えるか?」
「途中までなら。まず流れを調べましょう」
◆ 地中の痕跡
引きちぎられた鎖の根元から、複数の原光の流れが地中へ伸びていた。
セトには細い線の集まりに見える。
ネアはその一本ずつに意識を向け、流れる方向と残った力の性質を確かめた。
「これは谷へ入ってきた流れです。鎖を動かすためのものですね」
「じゃあ、こっちは?」
「シアの火が通った跡です。地中の別の場所へ運ばれています」
同じ谷から伸びていても、用途が違った。
固定点へ原光を供給した経路と、奪った火を逃がした経路が複雑に重なっている。
ネアが一つをたどると、別の固定点の近くへ戻ってきた。
シアを運んだ方向の手掛かりにはならない。
「全部ここへ戻るのか?」
「いいえ。一つだけ、谷の外へ続く新しい痕跡があります」
ネアが北側の斜面へ進んだ。
地面に車輪の跡はない。
大勢が歩いた形跡も見つからなかった。
しかし、谷から外へ向かった原光の痕跡は確かに残っている。
運搬に使った仕組みが何かまでは分からない。
少なくとも、谷に設置された鎖とは別の動きがあった。
「こちらです」
二人は山道を外れ、岩盤の上へ出た。
そこで痕跡が再び何本にも分かれる。
ネアは一本を追ってみたが、しばらく先で流れが弱まり、地中へ消えた。
別の一本は大きく弧を描き、もとの方向へ戻っている。
「追わせないための仕掛けか?」
「そうかもしれません。ただ、導路そのものに別の仕事がある可能性もあります」
「すぐには決められないか」
「ええ。流れの新しさも調べます」
ネアは原光の量と方向を順に照合した。
鎖への供給と、シアの火を運んだ痕跡までは区別できる。
それでも、分岐した先のどれが今のシアへ続くのかは確定できなかった。
セトは、ネアが見ているものとは別の手掛かりを探し始めた。
※第59話「終焉の炎」は全七回です。
続きます。
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