(四)平和の証拠
◆ 報告書
聞き取りは、日が傾くまで続いた。
ハルヴェンは書き終えた草案を、最初から読み直す。
窓から差す光が細くなり、机の上には書き損じの紙も積まれていた。
光の精霊王は倒された。
核となる人型との接続は断たれ、残された巨大な身体も落下軌道から外された。
地上への直接的な衝突は回避された。
今代のイフリートとセレーネは、現在、個人としての意思を保ったまま四翼を制御している。
今回の戦闘は、いずれの国家から命じられた軍事行動でもない。
「これで、終わったと書けますね」
「少なくとも、あの光の精霊王についてはな」
「それでも、すべて確認できたとは言えません」
ネアが草案の末尾を指した。
巨大な残骸は星の外で崩れたが、それより前の戦闘で地上へ落ちた破片まで、すべて調べ終えたわけではない。
見つけたものが何なのか、通常の人間には判断できない可能性もある。
「小さな残骸が残っている可能性は否定できず、発見した場合は独自に利用せず、関係者へ連絡することを推奨する、と書きます」
「何かに使えるものなのか?」
「分かりません。だからこそ、勝手に使わない方がいいのです」
ハルヴェンは注意書きを加えた。
各地にある異常の痕跡を、今すぐ三人だけで調べ尽くすことはできない。
国や町の力を借りる必要がある。
「これを五国向けの共通草案にします」
「安心すると思うか?」
「しないでしょうね」
ハルヴェンは紙をそろえた。
「ですが、何も分からないまま赤と黒の光が空を飛び、最後に八本の赤い線が見えた状態よりはましです」
「実際の内容も、十分悪く見えると思いますが」
「そこは変えられません」
草案をもとに、正式な報告書が作られた。
その中に三人の個人名は一つも記載されなかった。
誰について書かれたものなのかは、読めばすぐに分かる。
それでも、個人情報への配慮だけはされていた。
◆ 平和の証拠
報告書が五国へ送られた後も、世界は終わらなかった。
空に赤と黒の光を見た者たちの間では、さまざまな話が生まれていた。
世界の終わりを防ぐ戦いだったという話もあれば、精霊王同士が世界を取り合ったという話もある。
空の外にはさらに大きな世界があり、最後の八本の赤い線は次の終わりの印だった、と書いた紙まで売られていた。
「もう終わった後なのに、終末論を話してる」
シアが町で手に入れた紙を卓上へ置いた。
文字を指で追い、最後の一行を見て首を傾げる。
「終わりの前触れだって書いてある。でも、終わったんだぞ」
「本当に終末が来ていれば、それを論じる余裕もありません」
ネアが答える。
「終末論が流行していること自体、平和になった証拠なのでしょう」
「変な証拠だな」
「平和とは、そういうものかもしれません」
セトは紙を手に取り、半分ほど読んで机へ戻した。
実際に戦った三人が読めば、間違っている部分はいくつもある。
それでも、町の人間がこの話題で言い争ったり、紙を買ったりできることが、少し前とは違っていた。
戦いが終わっても、後始末まで終わったわけではない。
光の精霊王に関する追加確認、落下した破片らしきものの調査、各地で観測された光の記録。
魔獣の目撃情報も、以前と変わらず届いていた。
「また三人で行くのか?」
「確認だけなら、一人で済むことも多いでしょう」
「そうだな。俺まで毎回ついて行く必要はないか」
「だったら、わたしも一人で行けるな!」
シアは当然のように言った。
以前なら三人がそろわなければならなかった相手も、今は現れていない。
シアとネアが個々の意思で行動し、セトが別の用事を片づける日も増えた。
三人が全員そろわない時間も増えていた。
それを心配する者はいなかった。
別々に動いても、帰ればまた顔を合わせる。
それもまた、平和になった証拠だった。
※第57話「捕らわれたシア」は全七回です。
続きます。
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