(二)書くこと、書かないこと
◆ 書くこと
「では、最初からお願いします」
「光の精霊王がいた」
「もう少し前からです」
「光の精霊王がいる場所へ行った」
「周辺の状況もお願いします」
シアは説明する役をネアへ譲った。
ハルヴェンは何も言わず、筆を構え直す。
「光の精霊王が活動していた地域では、植物の焼失と急成長が繰り返されていました。大地も隆起と陥没を続け、河川や湖の位置まで変わっていました」
「光というより、混沌だったな」
セトが付け加えた。
燃え尽きたはずの場所に草木が茂り、その隣では地面が裂ける。
一つの現象が終わる前に、別の属性の働きが割り込んでいた。
遠くから見た人間には、どこから逃げれば安全なのかさえ分かりにくかったはずだ。
「被害を受けた地域は、すべて確認できていますか?」
「いいえ。私たちが実際に見た範囲と、各地から集まった情報は分ける必要があります」
「分かりました。数字が足りないところは、未確認として残します」
ハルヴェンは紙へ短い注記を入れた。
次に、光の精霊王自身の状態を尋ねる。
「光の精霊王自身に、明確な自我は確認できませんでした。周辺の精霊王も影響を受け、現在の世界を考慮せず、役割だけを広げようとしていました」
「狂っていた」
「各国向けなので、状態が分かるように書きます」
ハルヴェンは三人の言葉を、順に文章へ変えた。
シアの短い答えを、ネアが補足する。
ネアの説明を、セトが途中で短くする。
セトが省いた部分を、ハルヴェンが聞き直した。
「この作業、いつまで続く?」
「最後までです」
「光の精霊王が倒れたところから書けば、すぐ終わるのに」
「それでは各国が、なぜ被害が起きたのか分からないままになります」
シアは机に頬杖をついた。
誰が悪意を持って攻撃したのか、誰が自分の役割しか見えなくなっていたのか。
ネアの話を聞きながら、ハルヴェンはそこまで区別して書こうとしていた。
短い答えだけでは済まない仕事だった。
◆ 書かないこと
聞き取りは、光の精霊王との最初の戦闘まで進んだ。
ハルヴェンの前には、書き直しの入った紙が何枚も重なっている。
「極炎と絶光を使っても、倒せなかった」
「光を受けるたび、二本の精霊剣に損傷が出た。修復はできたが、二人の力が先に尽きる状態だった」
ハルヴェンは、そこまでを書き留めた。
「その後、セトが二人を人型へ戻し、単独で戦闘を継続した」
「ああ」
「白刃と黒刃の出力を上げた方法は?」
「詳しく書かなくていい」
「報告書には、突然強くなったように見えますよ」
「精霊回路を壊しながら、限界を越えて原光を通しただけだ」
ハルヴェンが筆を置いた。
「ほかの人間が再現できる方法ですか?」
「方法だけなら、できる可能性はある」
「なら、書かない方がよいでしょうね」
「同意します」
ネアも答えた。
「強くなる方法として受け取られる可能性があります。実際には、自分を壊す方法です」
セトは一度失った精霊回路を思い出した。
今はヴァルナが重ねた別の構造で動いているが、それは壊した方法が安全だったという意味ではない。
自分と同じことを試す人間が現れれば、助からないかもしれない。
「再構築できたことも詳しく書くのですか?」
「生還した事実は書きます。ただし、処置の再現方法は書きません」
「俺自身にも、全部を再現して説明できるわけじゃないからな」
報告書には、セトが通常の安全限界を越えて原光を扱い、精霊回路へ致命的な損傷を受けたとだけ記された。
極剣と絶剣の具体的な原理は、書かれなかった。
話は四翼にも及んだ。
二人が力を得た事実と、その後しばらく個人としての判断を失った事実は伏せられない。
だが、原初の知識にある鍵をどう開いたかまで説明する必要はなかった。
「危険だったことは伝える。でも、危険なことを真似できる書き方にはしない」
「その方針でいきましょう」
ハルヴェンは新しい紙を取り、書くことと書かないことをはっきり分けていった。
※第57話「捕らわれたシア」は全七回です。
続きます。
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