(一)五国への報告
◆ 五国向けの草案
光の精霊王との戦いが終わってから、しばらく経った。
卓上には、ハルヴェンが持ち込んだ紙の束が積まれている。
窓の外には穏やかな景色が広がり、赤い光も黒い翼も空を飛んでいない。
それでも、星の外で何が起きたのかという問い合わせは、各国から届き続けていた。
「まずは五国へ送る、共通の報告書草案を作ります」
ハルヴェンが紙の端をそろえ、筆を取った。
彼は西のヴァレスト王国の騎士だが、五国すべてを代表して命令を出しに来たわけではない。
当事者が知る事実を、一つの文書へまとめるために訪れていた。
「国ごとに違う内容を伝えると、後で食い違いが出ます。俺が三人から話を聞き、草案へまとめます」
「俺たちが書くんじゃないのか?」
「セトたちが自由に書いたものを、後から報告書へ直すより早いでしょう」
「自由には書かない」
「シアは、ほとんど書かないでしょうね」
シアがハルヴェンを見る。
「聞かれたことには答える」
「だから聞きに来ました」
ハルヴェンは最初の紙へ題名を書いた。
光の精霊王の異常活動、周辺地域への影響、大気圏外での戦闘、最後に地上から見えた八つの赤い光。
だが、これだけ並べても何が起きたのかは伝わらない。
「最初から順番に聞きます。各国が一番知りたいのは、今も危険が続いているのかどうかです」
「もう倒したぞ」
「その結論を、初めて読む人にも分かるようにするんです」
ネアが机上の紙へ目を落とす。
「確認できた事実と、私たちの推測は分けた方がよいでしょう」
「そうします。分からないことを、分かったようには書きません」
セトは窓の外を見た。
あの八本の赤い筋だけを見た人々には、その前の一か月も、星を一周した十分間も見えていない。
説明する必要があることは、三人が思っていたより多かった。
◆ 個人情報
「その前に、名前の扱いを決めましょう」
ハルヴェンが筆を止めた。
「各国へ送る以上、個人情報には配慮します。報告書には個人名を出さず、役割名だけを記載します」
「わたしたちにも、個人情報に関する法が適用されるのか?」
シアの問いに、ハルヴェンは少し考えた。
「分かりません」
「分からないのですか?」
「人間を対象に作られた法ですからね。国へ属していない精霊王が対象になるかは、確認しないと分かりません」
「適用されないなら、名前を書いてよいということですか?」
「そういうことにはしません。法が適用されるかとは別に、名前は伏せます」
ネアがうなずく。
公的な文書へ名前が残れば、それを誰が何のために利用するか分からない。
伏せられる情報は伏せるという判断には、一定の意味があった。
「各国へ広く伝わるのであれば、その方がよいでしょう」
「では、今代のイフリート、今代のセレーネ、同行した剣状精霊術士一名と記載します」
「今代のイフリートは、わたししかいない」
「今代のセレーネも、私だけですね」
ハルヴェンの筆が止まった。
セトが二人を見る。
「それで個人情報を隠したことになるのか?」
「個人名は伏せています」
「誰のことかは分かるぞ」
「配慮した形にはなっています」
さらに、二本の精霊剣を同時に持つ人間が何人いるかという話になる。
ハルヴェンはその人数を口にせず、書きかけの文へ視線を戻した。
「せめて名前を直接書くことは避けましょう。どうしても誰かを指す必要がある時には、立場で区別します」
「結局、読めば分かるんだな」
「ええ。ですが、書くことと書かないことを選ぶ余地はあります」
シアは納得していない顔をした。
セトも完全には納得できない。
それでも、正式な報告書にシアとネアの個人名は載せないことになった。
自分たちが誰なのか分かっている者同士だからこそ、少し妙な取り決めだった。
※第57話「捕らわれたシア」は全七回です。
続きます。
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