(六)八つの赤い筋
◆ 落下軌道の外
白い巨体が、星の縁を横切る線へ入った。
崩れながら星へ向かっていた流れが、星の外側をかすめる向きへ変わる。
ネアは黒い四翼で残骸の進路を確認した。
先ほどまで地上へ続いていた線は、もうそこにはなかった。
『落下軌道から外れました』
「押すのを止める!」
『まだ少しだけ!』
シアは最後のひと押しを加えた。
赤い四翼の光が強まり、白い巨体がさらに星から離れる。
その反動が八翼へ戻ってきた。
ネアは黒い四翼を開き、残った衝撃を外側へ散らした。
「もういい! これ以上は巻き込まれる!」
『分かりました。接触面の流れを外します』
セトは二人から受け取る力を絞った。
巨体の表面は、今も内側から割れ続けている。
ここで押す場所が崩れれば、八翼まで裂け目へ引き込まれかねない。
崩壊する残骸と一緒に飛び続ける理由は、もうなかった。
「離れる!」
ネアの黒い四翼が、白い表面との間へ原光の流れを差し込んだ。
シアの赤い四翼が向きを変え、残骸から離れる方向へ力を放つ。
八翼と白い巨体の間に、細い隙間が生まれた。
セトはその隙間へ身体を滑り込ませるように進路を取る。
直後、先ほどまで押していた場所が内側から崩れた。
大きな白い塊が砕け、互いにぶつかりながら離れていく。
もう少し接触を続けていれば、三人もその中へ飲み込まれていただろう。
八翼は残骸から一気に離れた。
ネアが後方を確かめる。
大きな塊は星へ向かう線へ戻っていない。
分かれた破片も、崩れながら外側へ進んでいる。
再び形をつなぎ直す流れは見当たらなかった。
『もう、地上へは向かっていません』
「なら、これで終わりだな」
セトはようやく息を吐いた。
胸には衝突の負荷が残っている。
それでも、星の輪郭と遠ざかる白い光を見比べて、初めて自分たちの仕事が終わったことを実感できた。
◆ 念のため
『念のため!』
セトが振り返ると、七つの赤い分霊核がすでに並び始めていた。
シアは極炎の刀身も、遠ざかる白い巨体へ向けている。
八門の構えだった。
四翼の放出による押し込みを終えたばかりなのに、今度は本来の砲撃を始めようとしていた。
「まじか」
『まだ大きな塊が残ってるだろ』
「放っておいても崩れるんじゃないのか」
『そうだけど、早く崩した方がいい!』
ネアは黒い四翼で、白い残骸の進む方向をもう一度確認した。
崩壊した破片がどこへ向かっているかも追う。
ここで砲撃を加えた結果、地上へ戻るものがないかを確かめる必要があった。
『まぁ、方向的には問題ないでしょう』
「本当か?」
『はい。あの方向へ撃つなら、地上へ押し戻すことにはなりません』
『だろ? 最後に一発だけだ!』
『最後に一発、撃っておきたい気持ちも分かります』
セトは右手の極炎を見た。
シアの四翼はまだ赤く輝いている。
さきほどの長い加速と押し込みで負荷はたまっているが、分霊核による八門砲撃はそれとは別の使い方だ。
セト自身の精霊回路にも余裕は少ない。
十六門をもう一度通すことはできない。
しかし、シア一人の八門を一度だけなら、流量を確かめながら受け止められる。
「一発だけだ。連続では撃たない」
『一発で十分だ!』
『セト、戻る負荷は私も見ています。無理だと思ったら止めます』
「ああ。頼む」
シアは七つの赤い分霊核を広げた。
極炎を加えた八つの射点が、離れていく白い塊を捉える。
推進のためではない。
ひとつひとつが、狙った場所を破壊するための独立した砲口だった。
セトは肩の力を抜き、二本の剣を構え直した。
これが最後の一撃になる。
地上を守るために始まった戦いを、今度こそ終わらせる。
◆ 八つの赤い筋
八つの射点へ火が集まった。
極炎の刀身と七個の赤い分霊核が、遠ざかる白い巨体を別々に捉える。
シアは赤い四翼の出力を安定させ、砲撃へ回す力を整えた。
セトも、身体へ戻る流れを確かめながら極炎を構える。
『いくぞ!』
「ああ!」
火が放たれた。
八本の赤い筋が、暗い宇宙を走る。
一本目が白い巨体の中央へ突き刺さり、内部に残っていた原光を焼いた。
残る七本は、その周囲の大きな塊へ別々に命中する。
赤い光は細く絞られ、白い表面を貫いていった。
衝突によってできていた亀裂が、一斉に広がった。
大きな塊が二つに割れ、その片方も別の火に貫かれる。
内側へ閉じ込められていた原光が外へ漏れ、白い光となって星の外へ散っていく。
次々に崩れる破片には、失った形を作り直そうとする動きがない。
『今度こそ、終わりだな』
『はい。中心から新しい力が供給されることもありません』
ネアは白い残骸の進路を確認し続けた。
砕けた破片は、星から離れる方向へ流れていく。
大きな塊が残っても、その場で崩壊が進んでいた。
セトは八翼の速度を落とし、残骸へ近づかない距離を保った。
シアの赤い翼から、強い光が引いていく。
砲撃を終えた七個の分霊核も、静かな循環へ戻った。
ネアの黒い翼は、進路を維持するためのわずかな力だけを残している。
セトの精霊回路には、まだ衝突の重い感覚が残っていた。
それでも、二本の剣を握る手を離さなかった。
「これで、もう地上へ落ちないな」
『ええ。少なくとも、私たちが追っていた残骸はすべて落下軌道から外れています』
『なら、帰ろう!』
「ああ。帰ろう」
セトは星を見下ろした。
あそこへ戻れば、フィオラが待っている。
長い間、互いを消すために戦っていたシアとネアも、今は同じ方向を見ていた。
白い巨体は遠ざかり、残された光だけが静かにほどけていく。
光の精霊王との戦いは、そこで終わった。
その八つの赤い筋は、地上からも見えた。
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