(三)神すら知らない速度
◆ 見えなくなったもの
光の精霊王だったものは、星の向こう側へ消えていた。
振り返っても、あの白い巨体は見えない。
セトたちと残骸の間には、巨大な星そのものがあり、視界を完全に遮っていた。
核はもうない。
狙いを定める意思も、相手へ向き直ろうとする判断も残されていない。
だが、崩壊が進めば、大きな塊が剥がれる可能性はあった。
残骸の形が変われば、進む線もわずかに変わるかもしれない。
「このまま戻れば、星とあいつの間へ出る」
『予定どおり落ちていれば、ですね』
「自分から方向を変えることはない。あとは崩れ方だ」
『はい。破片が分かれれば、少しずれる可能性があります』
「見えた時点で直す」
『その頃には、かなり速くなっていますよ』
「だから、今のうちに大体の場所を合わせておく」
ネアは黒い翼の向きを保ったまま、出発前に確認した落下方向を思い返した。
セトも、白い巨体が星のどの縁へ向かっていたかを確認する。
正確な位置を知る手段はない。
ならば、再び見えるまで進路を変えず、最後に修正する余地を残すしかなかった。
シアは赤い四翼から火を出し続けた。
自分の役割は、何も見えない今でも変わらない。
ただし、ネアが曲げられないほど速くしてしまえば、この作戦は失敗する。
『速度、少し抑えるか?』
『まだ大丈夫です。ですが、次の増速は私が合図します』
『分かった。ネアが言ったら出す』
セトは二人のやり取りを聞きながら、星の暗い側を見下ろした。
地上には町も、村も、人もいる。
どこに落ちるのかさえ分からない巨大な残骸を、見えないまま放置することはできない。
それでも、今はあの白い光を直接確かめることもできなかった。
見えない相手へ戻る。
しかも、これまでに出したことのない速度で。
セトは剣を握り直した。
見つけた瞬間に迷っている時間はない。
◆ 神すら知らない速度
星の暗い側が、眼下に広がった。
大地と海は黒い面となり、細かな形を見分けられない。
星の外側を巡る八翼の速度は、さらに上がっていた。
赤い火が後方へ長く伸び、黒い四翼が軌道を保つ。
速度を上げるたび、ネアが進路を曲げる力も大きくなった。
少し角度を変えるだけで、八翼全体へ強い負荷が走る。
セトの精霊回路は火と月の流れを分けているが、身体にかかる力まで消すことはできない。
『これ、思ったよりもつらい』
『たぶん、神ですらも経験していない速度かもしれません』
「最近の中では、分かりやすいつらさだ」
『確かにややこしくはない。速く飛んで、ぶつかるだけ』
『ぶつかった後の処理が、かなりややこしいのですが』
『そこはネアがやる』
『シアも押すのですよ』
『分かってる!』
シアの声には、まだ勢いがあった。
しかし、赤い四翼の流れが一度わずかに乱れた。
長い時間、同じ向きへ力を出し続けることは、一撃を放つのとは違う。
いくら精霊王でも、出力を維持したまま加速し続ければ負荷がたまる。
「シア、無理なら言ってくれ」
『まだいける。止めた方がいいときはネアが言うだろ』
『その前に、ご自分でも判断してください』
『分かったって』
セトは正面を見た。
遠い星々はほとんど動かない。
それなのに、眼下の星だけが、異様な速さで回転しているように見える。
自分たちが進んでいるはずなのに、世界そのものが横へ流れていくようだった。
ここで急に止まろうとしても、簡単には止まれない。
曲がる力を失えば、三人は今の方向へ飛び去る。
加速を止めたところで、得た速度は消えない。
もう、出発した場所へゆっくり戻ることはできなかった。
「そろそろ明るい側へ出る」
『戻る場所を探します』
『まだ上げられるぞ』
「最後に曲がれる分だけ残しておけ」
『分かった!』
赤い四翼が、なおも力を放ち続けた。
向かう先には、まだ見えない白い残骸があった。
※第57話「世界一周の一撃」は全六回です。
続きます。
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