(一)一周するか
◆ 落下軌道
光の精霊王だったものから、八翼が距離を取った。
セトの右手には極炎、左手には絶光がある。
赤と黒、それぞれ四枚の翼は背後へ広がり、十四個の分霊核が周囲に浮かんでいた。
先ほどまで戦っていた白い巨体は、もはや三人を追ってこない。
人型の原型から外側へ向かっていた太い流れは、完全に断たれている。
新しい力を送り出す中心は失われた。
それでも、肥大化した身体の内側には膨大な原光が残っていた。
行き先のなくなった流れが互いにぶつかり、白い表面を内側から押し広げている。
四翼に相当する部分の一つが裂けた。
白い塊が外へ押し出され、残った部分も形を変える。
崩れた場所を修復する流れはない。
だが、隣では別の原光が膨らみ、巨体を不規則に揺らしていた。
「このまま離れても、いずれ分解して消滅するはずだが……」
『だったら、とっとと離れよう』
『ダメです。落下軌道に乗っています』
ネアの黒い翼が広がり、巨体の進む方向を示す。
白い塊は少しずつ星へ近づいていた。
意思を失っても、進む向きまでは失わない。
内部で崩壊が続いていても、星へ落ちる動きは止まらなかった。
「まだ地上まで距離があるだろ?」
『あります。ですが、この大きさのまま大気へ入る方が先でしょう』
『落ちる途中で砕けたら?』
『大きな破片が残れば、それも落ちます。地上へ届く前に全部が消える保証はありません』
セトは巨体と星の縁を見比べた。
核を倒したことは間違いない。
もう誰かを狙う相手ではなく、ただ落ちていく巨大な残骸だ。
だからこそ、放っておくわけにはいかない。
「だから、止めるか、砕く必要がある」
シアの赤い翼が広がった。
戦いは終わったはずだった。
しかし、三人が地上を守る仕事は、まだ終わっていなかった。
◆ もう一度の星華
白い巨体は、崩れながら落下している。
その周囲には、原光を失った部分と、まだ明るく輝く部分が混在していた。
近づいて一度に破壊できれば、危険を取り除けるかもしれない。
セトは右手の極炎と左手の絶光を見た。
「単純なのが、十六門の星華だ」
『耐えられる?』
『無理ですね』
『だったら却下だ』
ネアの返事は早かった。
つい先ほど放った双天・星華の反動が、セトの精霊回路に残っている。
火と月の流れを別々の道へ逃がせても、受け止めた負荷が瞬時になくなるわけではない。
人型の原型を斬るため、安全制限を一瞬外した影響も無視できなかった。
「十六門をもう一度通したら、どうなる?」
『途中で流れが破綻する可能性があります。次は私たちも支えられません』
「分かった。撃たない」
『ずいぶん聞き分けがいいな』
「壊れた経験なら、もう十分あるからな」
シアは極炎の中で少し黙った。
セトが自分たちを守るために精霊回路を壊したときのことを、思い出したのだろう。
ネアも、それ以上の説得はしなかった。
「じゃあ、八門を何回か撃つのは?」
『大きな塊を割ることはできます。ただ、割れたものまで星へ落ちないとは限りません』
『だったら、頑張って押し返す』
『質量が大きすぎますね』
『勢いつけて押し返す』
『勢いをつけるところがありません』
シアは不満そうに赤い翼を揺らした。
力が足りないのなら、もっと大きな力をぶつければいい。
その考え方は間違っていない。
問題は、今いる位置から加速を始めても、十分な勢いを得る前に巨体へ届いてしまうことだった。
セトは星を見下ろした。
直線では距離が足りない。
ならば、同じ場所へ戻ってくるまで加速し続ければいい。
「勢いか……一周するか」
『一周?』
「星を一周だ」
◆ 一周する理由
『一度、離れるということですか?』
「離れながら加速する。星に沿って曲がり続けて、一周したところであいつへ戻る」
セトは白い巨体を見てから、眼下の星へ視線を移した。
真っすぐ離れ、そこで向きを反転させるなら、せっかく得た速さを変えるためにも力を使う。
だが、最初から星を回る線を描けば、向きを曲げながら加速し続けられる。
戻る頃には、今ここで押すよりずっと大きな勢いを得ているはずだった。
『そんなに曲げながら飛べるのか?』
『私が進路を保ちます。ですが、速度が上がるほど必要な力も大きくなります』
「シアは加速。ネアは進路を頼む。俺は戻る位置と、ぶつかる瞬間を決める」
『分かりやすいな。それならできそうだ』
セトは、巨体へ戻ってからのことも考えていた。
大きな勢いをぶつければ、その反動は八翼にも返ってくる。
ただ衝突するだけでは、自分たちが弾き返されるかもしれない。
それでは、残骸の落下軌道を十分に変えられない。
返ってくる衝撃をさばきながら、さらに押し続ける必要があった。
「衝撃はネアに任せる。受ける向きを変えて、できるだけ散らしてくれ」
『反射と分散ならできます。ただし、すべてを消せるわけではありません』
『残った分ごと、わたしが押す』
「ぶつかった後も、押す力が必要になる。頼むぞ」
赤い四翼が後方へ向きを変えた。
黒い四翼は広がり、周囲の原光を細く捉え始める。
十四個の分霊核は二本の剣と翼の循環につながったまま、八翼の周囲に位置を保っていた。
推進を担うのはシアの四翼であり、核を砲口にして加速するわけではない。
『一周する間に、あれが地上へ着きませんか?』
ネアは巨体の落下方向を確認した。
セトも星までの距離を見た。
必要なのは、ただ一周する時間だけではない。
戻ってから衝突し、進路を変える時間も残さなければならない。
『八翼でも、さすがに十分はかかります』
「ギリギリだ。やるなら今すぐだ」
セトは二本の剣を握り直した。
成功する保証はない。
だが、ほかに残された方法もなかった。
※第57話「世界一周の一撃」は全六回です。
続きます。
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