(七)極剣・絶剣
◆ 一瞬の四翼
セトは六つの分霊核を自分の周囲へ配置した。
赤い三核を右側に、黒い三核を左側へ動かす。
それぞれの精霊力を別の流れとして通し、水の精霊回路の形を合わせていく。
セトの背後に、赤い二翼と黒い二翼が開いた。
四枚とも不安定で、輪郭が何度も揺らいでいる。
シアとネアの四翼とは違う。
六つの分霊核を支点として、見たばかりの流れを一瞬だけ模したものだった。
それでも、巨体の外に広がる原光とのつながりが生まれた。
胸を締める白い帯が、内側から押し返される。
セトは肩をひねり、わずかに緩んだ右腕を動かした。
一本が裂けた。
さらに赤い二翼が拘束へ火を押し込み、黒い二翼が人型から伸びる光を横へ逸らす。
残る帯が引きちぎれた。
人型の背後から細い光が撃ち込まれる。
セトは黒い二翼の向きを変え、刃を持つ腕から外した。
しかし、模した翼の端はすでに崩れている。
長く保てないことは、セト自身が一番よく分かっていた。
精霊王の四翼なら外界との循環を安定して続けられる。
しかし、セトの背中にあるのは借りた力と観測した構造を無理に重ねたものだ。
流れが少しでも乱れれば、翼としての形は失われる。
「これ以上は、もたない!」
セトは白刃と黒刃を構え直した。
後退のためではない。
人型との距離は、一歩踏み込めば届く。
自分の作った翼が消える前に、その一歩を使う。
人型は逃げなかった。
正面へ何層もの防御を重ね、足元へ次の拘束を伸ばしている。
セトが二本の刃を構え直しても、その場から動こうとしない。
この攻撃ならば受け止められる。
受け止めた後、もう一度捕らえればよい。
人型はそう判断したのだろう。
セトは二本の刃を振り上げた。
模倣の四翼が崩れる瞬間と、剣が人型へ届く瞬間が重なる。
◆ 極剣・絶剣
セトは防御の層を見た。
白刃では厚い原光をすべて切り抜けない。
黒刃でも、一度に無効化できる量には限りがある。
人型はそれを見越したように、正面から動こうとしなかった。
以前、セトは身体の安全制限を外し、精霊回路を壊した。
今の回路はヴァルナが水の精霊王の構造を重ねたものだ。
入ってくる力に合わせて形を変え、火と月を別々の道へ通すこともできる。
だが、それは無制限に耐えられるという意味ではない。
限界を越えた状態が続けば、また壊れる。
「極剣! 絶剣!」
セトは二本の刃を振る直前、一瞬だけ安全制限を外した。
黒刃が絶剣へ変わり、人型の前に重なった防御へ触れる。
防御を支えていた原光の流れが、まとめて失われた。
白刃が極剣へ変わる。
守りを失った肩口から脇へ、白い刃が深く走った。
人型の身体が大きく裂ける。
そこから外側の巨体へ伸びていた無数の流れが、一斉に途切れた。
セトはすぐに制限を戻す。
極剣と絶剣が、白刃と黒刃へ戻った。
模した四翼も形を崩し始める。
セトは四翼へ通していた力を戻し、外界へ広げた原光の流れから切り離そうとした。
その瞬間、胸の奥を強く引かれた。
外へ伸ばした流れが、予想以上の力でセトの回路を引っ張っていた。
ここで強引に断てば、回路を傷つけかねない。
セトは流れを少しずつ絞り、つながりを一つずつ解いていった。
最後の流れが途切れると、四翼は砕けて消えた。
セトは荒くなりかけた原光の流れを、必死に整えた。
丁寧に解除できたはずだが、胸の奥に妙な違和感が残っている。
セトは自分の精霊回路を確かめた。
回路に損傷はない。形も保たれている。
ただ、胸の奥に近いほんの一部分だけ、原光の流れが異様に乏しかった。
周囲には十分な原光が巡っているのに、そこだけがほとんど枯渇している。
セトは水の精霊回路の形をわずかに変え、周囲の原光をその部分へ通した。
流量を調整すると、そこにも原光が巡り始めた。
胸の違和感は、すぐに収まった。
それでも、胸へ残った負荷は大きい。
強大な力を出し続けたのではない。
防御を破り、原型との接続を断つためだけに、危険な一瞬を使った。
人型の動きが止まっても、勝利を確かめるまでは剣を下ろせない。
セトは精霊回路の流れが安全範囲へ戻ったことを確かめた。
続けて、人型と巨体を結んでいた原光の流れが、再びつながらないかを見張った。
◆ 残った力
セトは六つの分霊核への細かな制御を解いた。
遠くで二人が回収を命じると、赤い三核はシアへ、黒い三核はネアへ向かって飛び去った。
切り裂かれた人型は、もう動かなかった。
「倒したか……」
セトは精霊力の流れを確かめた。
原型から外側の巨体へ、新しい力は送られていない。
人型と外側を結ぶ接続が断たれたのは確かだ。
しかし、周囲を満たす白い原光は止まらなかった。
肥大化した肉体の内側には、これまでに取り込まれた膨大な力が残っている。
行き先を失った流れが巨体の中でぶつかり、白い組織を内側から押し広げた。
外側の四翼も形を崩しながら動いている。
新しい力が供給されなくても、残された力が消えるには時間がかかる。
「まだ力だけが残ってる!」
セトは閉じかけた白い層を白刃と黒刃で切り開き、額の外へ抜けた。
シアとネアは左右に離れたまま、まだ光を引きつけている。
「シア! ネア!」
二人がすぐ中央へ戻る。
赤と黒の光が、セトの両手へ集まった。
右手に極炎。
左手に絶光。
赤い四翼と黒い四翼が背後へ開き、十四個の分霊核が再び周囲へ並んだ。
セトは八翼の力で、光の精霊王だった巨体から距離を取る。
頭部の核は倒した。
それでも、白い巨体はなお動き続けていた。
残された力が、まだ消えていなかった。
核へ新しい原光が集まることはない。
それでも肥大化した身体のあちこちで白い流れが衝突し、別々の方向へ噴き出している。
三人は崩れていく巨体を見ながら、次に何が起きるかを確かめようとしていた。
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