(四)別の形
◆ 壊れかけた回路
ヴァルナは寝台の横に立った。
セトの胸へ手を近づけ、内側を通る原光の流れを確かめる。
指先から薄い水がにじみ、途切れかけた筋に沿って広がった。
フィオラは、力を送る手を動かさない。
セトの体内には、外から支えなければ続かないほど細い流れしか残っていなかった。
身体の傷を塞いでも、この流れが戻るわけではない。
「治せませんか」
「治せない」
ヴァルナはすぐに答えた。
フィオラは顔を伏せかけたが、ヴァルナの手がまだ動いていることに気づく。
「傷ついた場所をつなぐことも?」
「つなぐ形が残っていない」
「では、セトさんの回路は……」
「元の形には戻せない。でも、別の形なら重ねられるかもしれない」
フィオラが目を上げた。
ヴァルナは、水を少しずつ動かしている。
切れた場所をつなごうとしても、次の場所にはすでに通路がない。
同じ道を探すほど、水は行き場を失って広がった。
「別の精霊回路を作る、ということですか?」
「たぶん、そうなる」
「人間にそんなことが?」
「普通なら、できないと思う」
ヴァルナは自分の胸へ手を当てた。
次に、セトの胸へ戻す。
水の精霊王の身体には、流れが分かれても再び一つへ戻る構造がある。
それをセトへ重ねられるか、確かめようとしていた。
「元の流れが残っていたら、別の形が邪魔になる。でも、この人はほとんど残っていない」
「壊れているから、作れる余地があるのですね」
「ああ。うまくいくかは、まだ分からない」
フィオラはセトを見る。
回路が破壊されていることが、今は唯一の可能性になろうとしていた。
治すのではなく、作り直す。
以前のセトならば、自身の安全を守るため、許容量を超えた原光を通せなかったはずだった。
だが最後の戦いで、その制限を外して流れを通し続けた結果、道そのものが破れてしまった。
同じやり方をもう一度させることは、フィオラには考えられなかった。
新しい形が必要だという言葉には、痛いほど納得できた。
彼女は手を離さず、ヴァルナの次の動きを待った。
◆ 別の形
ヴァルナは、セトの胸元へ両手を向けた。
水が薄く広がり、寝台の上を満たしていく。
そのまま水の精霊王自身の輪郭がわずかに揺れ、セトの存在へ一時的に重なる。
フィオラの目には、二つの原光の流れが同じ場所を通ろうとしているように見えた。
だが、ヴァルナ自身の精霊回路を切り離しているわけではない。
セトの内側へ移されるのは、水の精霊王が持つ回路の形だった。
「ヴァルナさんは、そのままでいられるのですか?」
「ああ。私の回路はなくならない」
「セトさんの中へ、あなた自身が残るわけでは?」
「違う。形を重ねるだけだ」
途切れた原光の筋へ、水の流れが入り込む。
一つの道が塞がれば二つに分かれ、別の場所で再びつながる。
水の性質に合わせて、柔らかく流路が変わっていく。
最初の流れは、胸元へ戻るところで乱れた。
ヴァルナは急がず、水を引き戻して別の経路へ通した。
フィオラが支えていた細い原光も、その新しい道へ少しずつ導かれる。
「それができると、最初から分かっていたのですか?」
「できそうだと思った」
「なぜです?」
「……なんとなく、かな」
フィオラは、それ以上尋ねなかった。
ヴァルナが何を感じてここへ来たのか、本人にも説明できない。
それでも、目の前では確かに別の流れが形を持ち始めていた。
途中で、新しい道に流れが集中した。
フィオラは反射的にそこを支えようとしたが、ヴァルナが静かに首を振る。
狭い場所へ押し込むのではなく、水のように二つへ分ければよい。
負荷が弱まったところで、再び一つへ戻す。
形を固定しきらないからこそ、流れが続いていく。
夜が過ぎていく。
ハルヴェンが外の見張りを交代し、リグが戻ってきても、二人は寝台のそばを離れなかった。
フィオラは、外から支える力をほんの少し弱める。
それでも、新しくできた流れは途切れなかった。
夜明けが近づく頃、セトの内側を原光が自力で巡り始めた。
弱いが、一定の流れだった。
セトの指が、わずかに動いた。
※第55話「二本の四翼精霊剣」は全七回です。
続きます。
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