(三)一か月
◆ 一か月
水の球は高度を上げ続けた。
周囲の空気が薄くなるにつれ、膜の外側を流れる風も静かになる。
セトは翔嵐を握ったまま、上昇する方向を保っていた。
シアは、何度もセトの顔を見た。
先ほどまで動かなくなったと思っていた相手が、今は目の前にいる。
それを確かめたい気持ちと、聞きたいことが多すぎる気持ちが重なった。
「セト。私たち、どれくらい戦ってた?」
「一か月だ」
「……一か月?」
シアは目を見開いた。
明るい星の側と、暗い側を何度も通った記憶がある。
その間も、炎を放ち、黒い線を避け、次の攻撃を考えていた。
一日なのか、二日なのか。
数えていなかったのではなく、数えようとも思わなかった。
「私も、時間を気にしていませんでした」
ネアが小さく言った。
戦っている間に何を得たのかと考えても、失った手足と、壊そうとした相手の姿しか残っていない。
七つの分霊核をそろえたことも覚えている。
だが、その力を何のために使っていたのかを考えると、答えは一つしかなかった。
一か月。
それだけの時間を、二人は相手を消すためだけに費やしていた。
長く生きた彼女にとっても、一か月を意識せず戦い続けた経験は普通ではない。
何を見ていたのかと考えれば、互いの姿しか思い浮かばなかった。
「地上からも、二つの光が戦いながら上がっていくのは見えていた」
セトは二人の顔を見た。
「見えなくなってからは、フィオラが二人の方向を追ってくれた。正確な場所が分かったわけじゃない。赤と黒の光が落ちてくるのを見つけて、そこへ向かってきた」
『お二人のいる方向と、危険な状態だけは感じられました。それ以上は、私にも分かりませんでした』
翔嵐からフィオラの声が届いた。
シアは剣へ目を向ける。
一か月、誰かが自分たちを気にかけ続けていた。
自分はその間、ネア以外の誰も見ていなかった。
「……そうか。ずっと探してくれてたんだな」
「ああ」
少し黙ったあと、シアはセトの左手を見た。
水の膜を生み続けている手だった。
「それより、セトの精霊回路はどうなった?」
「二人が出たあと、ヴァルナが来た」
◆ 山小屋を訪れた者
それは、シアとネアが山小屋を離れたあとのことだった。
寝台に横たわるセトは、目を覚まさなかった。
フィオラは胸元に手をかざし、細い原光の流れを保ち続けている。
少しでも調整を外せば、辛うじて残っている流れまで途切れそうだった。
リグとハルヴェンは護衛を引き受けていた。
ハルヴェンが小屋の外を警戒し、リグは必要なときにフィオラへ水や食事を運ぶ。
それ以上に手伝えることがないのが、かえって落ち着かなかった。
セトの身体には、息も体温も残っている。
だからといって、明日もそのまま生きている保証はない。
フィオラは少しずつ原光を送り、途切れる場所が変わればその都度調整した。
シアとネアが去ったあと、小屋の中では静かな作業だけが続いていた。
扉を叩く音がした。
リグが顔を上げ、静かに扉を開く。
外に立っていたのは、水の精霊王ヴァルナだった。
荷物も旅の支度もない。
誰かに案内されてきた様子もなかった。
「ヴァルナ? どうしてここにいるんだ?」
「大変なことになってると思った」
ヴァルナは穏やかに答えた。
リグが道を開けると、迷わず寝台へ歩いていく。
フィオラも驚いたが、セトの胸元から手を離すことはできない。
「ヴァルナさん。どなたかが知らせたのですか?」
「いや。聞いてない」
「では、どうしてこの山小屋の場所を?」
「こっちだと思ったから来た」
フィオラは答えを待った。
しかし、ヴァルナはセトを見つめたまま、続きを口にしない。
隠しているというより、説明する理由そのものが見当たらない様子だった。
「村からは相当離れています。道に迷いませんでしたか?」
「迷った覚えはない」
「何かを感じ取ったのですか?」
「なんとなく、だな」
外で物音を聞いたハルヴェンが戻り、思わぬ来訪者に足を止める。
リグは小さく肩をすくめた。
どうやって来たのかは分からない。
だが、セトの状態を見てもらえることだけは確かだった。
フィオラは問いを切り上げた。
今は来訪の理由より、目の前の人間をどうするかが先だった。
※第55話「二本の四翼精霊剣」は全七回です。
続きます。
作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。
※ネタバレ範囲にご注意ください。
https://www.simulationroom999.com/blog/elemental-cross-top/




