(三)弔いの術
◆ 古いイフリート
祖父は、家の奥から古い木箱を持ってきた。
中には、何冊もの古びた記録が収められている。
紙の色も、使われている文字も少しずつ違う。
「この一族には、昔、イフリートとともに戦った者がいた」
シアの目が祖父へ向く。
「どの代だ」
「分からん。伝承として残るほど昔だ」
祖先は、当時のイフリートと深い信頼関係を築いていた。
何度もともに戦い、最後にはイフリートが精霊剣となって、その人間へ身を預けた。
「精霊剣という呼び名も残っている」
祖父は古い記録を開く。
「ただし、その剣の名は残っていない」
「名前は最初から決まっているものではない」
シアが言う。
「なら、その二人だけが呼んでいた名があったのかもしれんな」
その戦いで何が起きたのか、詳しい記録は残っていない。
分かっているのは、イフリートが剣の姿のまま死亡したことだけだった。
「使い手だった祖先は生き残った」
祖父の声が少し低くなる。
「だが、手元には、意思を失った剣だけが残った」
◆ 使わなかった剣
「その祖先は、魔剣を使ったのか」
セトが尋ねる。
「使わなかった」
祖父はすぐに答えた。
「剣にはまだ、大きな火の力が残っていたらしい。武器として使えば、強力だっただろう」
「なぜ使わなかった」
「ともに戦った相手の亡骸を、意思がなくなったからといって道具にする気にはなれなかった」
精霊王の魂が残っていないことは、当時の祖先も理解していた。
使ったからといって、苦しませるわけではない。
壊したからといって、救えるわけでもない。
それでも、使い続けることを選ばなかった。
「弔ったのか」
「人間の墓と同じではない。だが、そのようなものだ」
剣は危険物として封じられた。
そして祖先は、その剣に頼る代わりに、自分の手で精霊を剣へ変える術を学び始めた。
「それが剣状精霊術?」
「ああ」
◆ 弔いの術
祖先が剣状精霊術を生み出したわけではない。
精霊を一定の形へ固める術は、それ以前から存在していた。
だが、剣として戦えるほど強く固定し、実際の剣術と組み合わせる者はほとんどいなかった。
「祖先はその術を学び、一族へ伝えた」
「魔剣を使わないために?」
「それだけではない」
精霊剣となったイフリートと戦ったことを忘れないため。
剣となった相手が意思を失っても、その力だけを求める者にならないため。
そして、精霊王の亡骸に頼らず、自分たちの力で剣を持つため。
「だから、この一族は剣状精霊術を教え続けている」
子供が精霊術を学び始める頃には、光と闇を剣へ固定する訓練を始める。
普通の精霊術より先に、剣の形を覚えさせる。
「弔いの意味まで知らずに教わる者の方が多いがな」
「俺も知らなかった」
「必要になるとは思っていなかった」
祖父が記録を閉じる。
「伝承は、長く続けば理由よりも形だけが残る」
◆ 誰も学ばない術
「剣状精霊術は、一族以外にはないのか」
「存在は知られている」
シアが答えた。
「だが、実際に使える者はほとんどいない」
「なぜだ」
「時間がかかりすぎる」
火を放つだけなら、火の精霊を集め、熱へ変え、狙った方向へ動かせばいい。
剣状精霊術は、それだけでは済まない。
精霊を高密度に集め、刃の形へ固定し、振っても衝撃を受けても形を維持し続けなければならない。
「覚えるまでに何年もかかる」
祖父が続ける。
「覚えた後も、剣として振れなければ意味がない」
精霊術士は、普通なら距離を取って術を放つ。
剣士は、金属の剣を持って接近戦を学ぶ。
剣状精霊術を使うには、その両方を長い時間かけて習得しなければならない。
「普通の精霊術士は、同じ時間で別の術をいくつも覚えられる」
「剣士なら、最初から本物の剣を使う」
「ああ」
わざわざ精霊術で剣を作り、そのうえで剣術まで学ぼうとする者はいない。
「だから、術としては存在するが、実態としては使い手がいないに近い」
シアの説明に、祖父がうなずいた。
「この一族は、子供の頃から無理に両方を教えるから残っているだけだ」
◆ 一族の偏り
「その代わり、他の術が使えなくなる」
セトが言った。
「使えないとは限らん」
祖父が訂正する。
「使うための感覚が育ちにくい」
何を扱っても集める。
集めれば固める。
固めれば刃へする。
一族の者は、精霊を自由に流すよりも、剣の形へ閉じ込めることを先に覚える。
「お前も精霊力そのものが少ないわけではない」
「ああ」
「だが、剣以外の形へ動かすのが下手だ」
「知ってる」
「火を撃てと言われても、たぶん火の短剣を作る」
シアが言った。
「作れるなら、その方が当てやすい」
「そういうところだ」
祖父はため息をついた。
「弔いから始まった術だが、教え方まで正しいとは限らん」
「今さらやめるのか」
「やめる気はない」
即答だった。
※第9話「二刀と精霊剣」は全八回です。
続きます。
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