(五)まだ足りない
◆ 次の一回
シアは再び長く炎を放とうとした。
しかし、炎が強くなった途端、翼の内側の赤い光がまだらに暗くなる。
ネアの黒い線も、その乱れを追いきれなかった。
このまま力を押し込めば、減速へ使える流れが完全に途切れてしまう。
「止めてください!」
「まだ出せる!」
「今は出せても、次が出なくなります!」
シアは炎を引いた。
赤い四翼には、わずかな光が残った。
ネアは黒い線を縮めて、自分の翼へ原光を戻す。
少し経つと、また細い流れが生まれた。
完全に修復できたわけではないが、短い時間なら使える。
「次がある方を選ぶってことか」
「はい。一度の噴射で止まれるなら、そちらを選びますが」
「それは無理だな」
「分かっているのなら、最初からそうしてください」
シアは口を尖らせたが、言い返さなかった。
戦っていたときは、使える力を全部出せばよかった。
四翼が新たな原光を取り込むまで、相手を追い続ければよかった。
今は、翼を保つ力まで使い切ったら終わりだ。
今この瞬間に、二人が使える力は無限ではなかった。
周囲から取り込めても、傷ついた循環を通せなければ役には立たない。
ネアの短い合図で、シアは再び炎を放つ。
止めるという合図が来たら、迷わず止めた。
その繰り返しは、相手を消すために続けた八門の応酬とはまるで違っていた。
少しでも長く、二人で生き残るための繰り返しだった。
◆ まだ足りない
シアは長く炎を放つのをやめた。
短く噴射し、途切れる前に力を引く。
翼の流れが戻るのを待ち、また放つ。
ネアもその間に黒い線をつなぎ直した。
大きな力を一度に出すよりは、わずかに安定する。
それでも、十分ではなかった。
二人は落下し続けている。
星へ引かれる動きに逆らっても、すでに得てしまった速度を打ち消せるほどではない。
「効いてる」
「わずかにです」
「わずかでも効いてる」
「このまま地上まで支えられる量ではありません」
「途中で何か考える」
「今、考えてください」
「火を出すので忙しい」
「私も忙しいです」
ネアの返事に、シアは一瞬だけ笑いかけた。
いつものやり取りだ。
つい先ほどまで、自分たちは相手を消すためだけに存在していた。
その事実が、いまの短い会話を妙に貴重なものにしている。
シアは上方を振り返った。
遠くに、巨大な白い輪郭が残っている。
光の精霊王はまだ消えていない。
二人を撃ち落とした相手が、星の外にいる。
落下を止められても、あの存在をどうするかという問題は残る。
だが、いま考えるべき順番は違う。
まず、生きて地上へたどり着くこと。
いや、地上へぶつからずに済む方法を見つけることだ。
シアは噴射を続け、ネアは乱れた流れを整え続けた。
その先に、別の変化が近づいていた。
◆ 空気の境
先に気づいたのはネアだった。
周囲に、これまでなかった抵抗が生まれている。
原光の乱れとは違う。
薄い何かが四翼の表面を押し、通り過ぎていく。
星を覆う空気だった。
「シア。大気へ入ります」
「戻ってきたのか」
「まだ地上ではありません」
「じゃあ、もう少しだな」
「その『もう少し』が問題です」
薄かった空気が、落下とともに濃くなる。
最初は翼の端をかすめるだけだった。
それが次第に、進行方向から押しつけられる力へ変わっていく。
真空ではなかった抵抗が、二人の速度を落とし始めた。
だが、穏やかに受け止めてくれるわけではない。
シアが下へ放った炎が横へ広がる。
推進の向きが乱れ、四翼まで揺れた。
ネアは黒い線を広げるが、空気に押された身体の動きが速く変わるため、整えた流れがすぐに崩れる。
「火が変な方向へ行く!」
「周囲の空気に押されています」
「空気に押されて、火が負けるのか?」
「今は、まっすぐ放ち続けられるだけの力がないのです」
シアは火を絞った。
少し前までは、力を出すことだけ考えればよかった。
いまは、出した力がどこへ向かうのかまで気にしなければならない。
黒い四翼のネアも、同じことを考えていた。
二人がようやくそろえた落下への抵抗は、大気へ触れたことで再び乱れ始めた。
※第54話「名前を取り戻す」は全七回です。
続きます。
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