(一)落ちていく
◆ 落ちていく
星が近づいてくる。
大地と海が、少しずつ形を大きくしていく。
シアとネアは、互いに離れたまま落下していた。
シアの背には赤い半透明の四翼。
ネアの背には黒い四翼が残っている。
だが、どちらも光が弱く、翼を通る原光は途中で乱れていた。
シアが火を放とうとすると、翼の外縁へ集まった赤い光が炎になる前に消える。
ネアが伸ばした黒い線も、周囲の原光をつかむ前にほどけた。
二人の身体は回転している。
星へ向けて腕を伸ばしても、次の瞬間には星が背後へ回る。
どちらが上かさえ、定まらない。
光の精霊王による追撃は終わっていた。
それでも、撃ち抜かれた身体の傷は残っている。
シアには左腕と右脚がない。
ネアには右腕と左脚がない。
それらは互いの攻撃で失われたものだった。
さらに、光の精霊王の収束した光が、二人の身体を大きく穿っている。
四翼が残った身体を支えているから、かろうじて形を保てているにすぎない。
七個ずつの分霊核も、先ほどの位置にはなかった。
光に弾かれて散り、並べ直す余力もない。
それでも二人は、欠けた手足を見なかった。
互いのいる方向ばかりを探している。
赤い四翼が動く。
黒い四翼も応じようとする。
どちらも、相手へ向かうために。
だが、身体を押し出す力は生まれない。
落下だけが続いた。
◆ 残る命令
消さなければならない。
シアの中には、それしかなかった。
黒いものがいる。
自分ではない月がいる。
それを消せばよい。
ネアも同じだった。
赤いものがいる。
自分ではない火がいる。
残しておく理由などない。
二人は何度も力を集めようとした。
シアは四翼を開き、ネアは黒い線を組み直す。
八門を使おうとしても、散った分霊核は応じない。
できないなら近づけばいい。
近づいて、残った力をぶつければいい。
そう判断しても、身体は落ちるばかりだった。
先ほどまでは、命じた瞬間に四翼が動いていた。
相手を消すという目的へ、周囲の原光が吸い寄せられ、次の攻撃が形になった。
身体の一部を失っても、その流れは止まらなかった。
今は違う。
光の攻撃で原光循環が乱れ、欲望が求めるだけの力が集まらない。
命令だけが繰り返され、結果が返ってこない。
その空白へ、別の認識が紛れ込んだ。
落下が始まってから、相手を消すこと以外へ意識が動いたのは初めてだった。
どうして、目の前のものを消さなければならないのか。
問いの形になったのは一瞬だった。
すぐに、消せという思いが覆いかぶさる。
それでも、何もなかった場所へ、わずかな隙間ができていた。
欲望が消えたわけではない。
奪われていた自分の判断が、ようやくその下から顔を出し始めたのだった。
◆ 赤いもの
ネアは身体を回転させながら、赤いものを見た。
短い赤橙色の髪。白い衣装。背に広がる四枚の赤い翼。
左腕と右脚を失いながらも、なおこちらを向こうとしている。
火の精霊王。
その知識は、すぐに出てきた。
イフリートという役割。
炎の扱い方。生まれ変わっても受け継がれるもの。
だが、それだけでは目の前の姿を説明できなかった。
あの髪が不規則に跳ねる様子も、何かを思いつくとすぐに飛び出してしまう振る舞いも、イフリートの役割に含まれてはいない。
何度も危険へ飛び込み、そのたびに注意を聞き流した。
同じ人間の両手へ、それぞれ剣となって収まったこともある。
背中を預けることが当たり前になった時間もあった。
それらは知識ではなく、ネア自身の記憶だった。
ネアは、何代ものイフリートを見てきた。
ある一人が消えても、次のイフリートはいずれ生まれる。
役割は失われない。
そのことを、長い年月の中で知っている。
だからといって、次に生まれる者が、この赤い髪の少女になるわけではない。
目の前の存在を消しても、火の役割は残る。
だが、この者とのやり取りは二度と戻らない。
その違いを考えようとした瞬間、原初の欲望が再びせり上がった。
自分以外はいらない。
ほかの王は消せ。
ネアは黒い四翼を開いた。
攻撃するためではない。
赤い姿を、もう一度正面から見るために。
※第54話「名前を取り戻す」は全七回です。
続きます。
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