(一)八つの火
◆ 八つの火
炎が満ちた八つの場所から、赤い光が同時に伸びた。
シア自身から一つ。
身体の左右に並べた七個の分霊核から、七つ。
放たれるまでの間は、ほとんどなかった。
八つの射点が同じ瞬間に火を吐き、ネアのいた空間へ突き進む。
音はなかった。
岩を砕く響きも、空気を押しのける轟音もない。
星の外では、赤い火だけが黒い空間を横切っていく。
その向こうには、丸い星の青い縁が見えていた。
だが、シアはそこへ目を向けない。
八つの火が届く先にいる、黒い四翼だけを見ていた。
ネアは黒い線を前へ伸ばした。
一つ目の火がその線へ触れる。
いつものように原光を受け取り、進む力を奪おうとする。
しかし、受け入れられる量を越えた火が、黒い線の周囲へ広がった。
ネアは制御を切り替える。
取り込めないなら、返す。
反射するように流れを反転させても、火の中心は押し返せなかった。
その間にも残りの七つが近づいてくる。
一つ目だけを相手にしていては、身体が焼かれる。
ネアは横へ動いた。
ところが、移動先にも別の赤い線がある。
シアは八つを一度に放っただけだった。
それだけで、一つの火から逃れるための道が、次の火の通り道になっていた。
ネアの黒い四翼が開いた。
火を消すのではなく、火から離れる。
そのために必要なわずかな隙間を、ネアは探し始めた。
◆ 曲げるしかない
ネアは黒い線を火の外側へ滑らせた。
中心まで取り込むことはできない。
反射させても、押し戻せない。
ならば、進む向きを少しだけ変える。
それと同時に自分も動けば、身体へ当たる場所から外せる。
最初の火が、ネアの左を抜けた。
二つ目は、身体を沈めてかわす。
どちらも消したわけではない。
後ろへ流れていく赤い火を見送る間もなく、三つ目が迫った。
ネアは右へ黒い線を通す。
火の中心がわずかに寄り、外側の熱が黒い四翼の膜へ触れた。
翼が大きく揺れる。
ネアの姿勢も少し崩れた。
だが四翼は途切れず、身体を支える流れを保っている。
ネアは残る火を見た。
四つ目と五つ目が近い。
片方を横へ逸らした先に、もう片方が伸びていた。
ネアは二つの間へ身体を滑り込ませる。
黒い線で一方の端をずらし、空いた幅へ肩を通す。
遅れて衣装の長い裾が引き寄せられた。
六つ目の火が、裾の先を焼く。
布の形をした精霊力が赤く光って欠け、残った部分だけが後ろへ流れた。
七つ目は、黒い翼の下を通り過ぎた。
ネアはそこで進路を戻そうとした。
しかし、身体を戻す先には八つ目がある。
最初に放たれた八つの火は、途中で別々の判断を加えられたわけではない。
それでも、八つの出発点から広がる火は、移動できる空間を分けていた。
ネアは最後の一本へ黒い線を重ねた。
進路がわずかに横へずれる。
あと少し。
身体をさらに引けば、かわしきれるはずだった。
◆ 左脚
八つ目の火が迫る。
ネアは上体を捻り、黒い四翼で身体を横へ移した。
黒い線が赤い火の端へ触れ、進路を押す。
火の中心が、ネアの身体の脇を通る方向へ移った。
それで足りるはずだった。
しかし、火の広がりはネアがずらした幅より大きい。
身体を逃がしても、左脚が残っている。
最後の赤い光が、膝の下へ触れた。
防御膜がその場所で強く明滅する。
続けて、脚全体へ火が流れ込んだ。
ネアの左脚が焼き消えた。
失われた場所から、血が噴き出すことはなかった。
脚を形作っていた精霊力が赤い火へ飲まれ、輪郭を保てなくなる。
先ほどまで脚があったところに、星の青い光が見えた。
ネアの身体は、急に重さの釣り合いを失ったように傾く。
赤い火は後方へ抜けていった。
もうネアへ向かってこない。
シアの周囲では七個の核が動き、次の方向へ向こうとしていた。
撃ち終えた場所で止まったままではない。
八つの火が一度外れたからといって、攻撃が終わったわけでもなかった。
ネアは身体を回されながら、赤い四翼を見た。
左脚が消えたことは分かっている。
だが、失われた脚を追っても、目の前の火は止まらない。
ネアの黒い四翼に原光が流れる。
傾いた姿勢を戻すため、翼の片側だけが大きく開いた。
まだ、相手は消えていない。
ネアにとって重要なのは、その一点だった。
※第53話「八門」は全六回です。
続きます。
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