(三)風が邪魔
◆ 焼いても晴れない
シアが火を横へ放った。
赤い流れの通った場所で、細かな水滴が一気に熱せられる。
目の前の白さが薄れ、向こう側へ細長い穴が開いた。
穴の先に、ネアの黒い翼が見えた。
シアがそこへ飛び込む。
しかし、開いた道は長く保たれなかった。
熱せられた空気と水蒸気が周囲へ広がり、冷たい雲の中へ混ざる。
新たに生じた細かな水滴が、別の白い幕を作った。
通路の輪郭が崩れ、ネアの姿がもう一度隠れる。
シアは火を強めた。
白い幕が押し広げられ、一瞬だけ視界が開く。
だが大きく焼いた分だけ、周囲の空気も激しく動いた。
流れた雲が横から入り、赤い翼の前を覆う。
火の力が足りないのではない。
晴れた場所を作っても、そこへ別の雲が入り込むのだった。
ネアはその変化を利用した。
シアが作った穴を通らず、白い幕が再び閉じる側へ回り込む。
空気の流れに沿って白い部分が動くため、ネアの位置がいっそう掴みにくい。
それでもネアは、水滴そのものを自在に消しているわけではない。
黒い線で制御しているのは原光であり、雲を形作る水を直接支配する力ではなかった。
シアが短い火を放つ。
白い雲が揺れる。
ネアは、開いた隙間から赤い拳が来る前に別の場所へ移る。
攻撃を当てるために雲を焼いても、その後の空気と水滴の動きまで思いどおりにはならない。
シアは四翼を広げ、周囲を一度に焼き払おうとした。
だが、その先へどこまで雲が続くのか分からない。
ネアがすでに上へ移っているなら、広く焼いても相手へ届かない。
シアは発射を止め、つながりを感じる上方へ顔を向けた。
◆ 雲の上
ネアは雲の中で、白さが少しずつ薄くなる方向を見つけた。
上から差し込む光が強まっている。
長い衣装の周りを流れる水滴も減った。
雲を消すために精霊力を使うより、層を抜けてしまう方が早い。
ネアが黒い四翼を傾けた。
白い幕を真上へ抜ける。
目の前が開けた。
眼下には、厚い雲の表面が遠くまで広がっている。
その上は明るく、相手を隠すものがない。
黒い分霊核がネアの周囲へそろう。
ネアが振り返ると、雲の一部が内側から赤く光った。
次の瞬間、シアがそこを突き破る。
白い水滴が赤い四翼の外へ流され、短い尾を残した。
シアの右拳がネアへ伸びる。
ネアは雲の上で身体を横へ運んだ。
拳は外れ、そのまま明るい空を通り過ぎる。
地上の岩も、雲の白さも、もう二人の間へ入り込まない。
ネアはシアを正面から見られるようになった。
シアも、拳を振り切る前に黒い翼の位置を捉えられる。
視界が戻ったことで、攻防の速さは上がった。
シアはネアの移動先へ短い火を放つ。
ネアは火の外側を曲げ、自分の身体を別の位置へ送る。
当たらないままでも、どちらの動きも地上で戦った時より小さく速くなっていた。
雲の上には、さらに空がある。
ネアはそこへ一度高く飛び、シアが追ってきたところで横へ流れた。
その時、ネアの長い袖が大きく持ち上がる。
シアの火の尾も、同じ方角へ引かれた。
上空を流れる強い風が、二人の間へ入り始めていた。
◆ 風が邪魔
横から吹く風が、ネアの衣装を強く引いた。
腰の周りに漂う羽衣が流れ、袖の先が大きく後ろへ伸びる。
黒い四翼そのものは羽ばたかない。
空気を受けて飛ぶ翼でもない。
それでも、身体と衣服へ当たる風まで無視できるわけではなかった。
ネアは黒い線で自分の位置を整えた。
シアが迫る。
ネアは右へ移るつもりで四翼を動かしたが、横風が重なり、予定より遠くへ流れた。
すぐに戻したものの、その余分な動きへ意識を向ける必要が生じた。
シアが火を放つ。
原光から変えた火の中心はまっすぐ進む。
だが、周囲に広がった熱い空気と炎の外縁は風へ引かれ、尾を長く曲げた。
ネアはその乱れた外側へ黒い線を通し、火をかわすための隙間を作った。
風が少しだけ、ネアの操作を助けていた。
シアは火の中心へ力を寄せた。
外縁が流されても、狙った方向へ押し出す力を残す。
赤い四翼が加速し、ネアの正面へ飛び込んだ。
ネアは身を引くが、後ろからの風も加わり、動きが大きくなる。
シアの拳は届かなかった。
互いの力だけを読めばよかった谷の戦いと違う。
ここでは、先ほどまでと別の方向から空気が吹き込む。
風はシアにもネアにも従わない。
一度、どちらかに都合よく働いたからといって、次も同じ向きへ流れるとは限らなかった。
シアは風を避けるように翼を大きく開いた。
ネアも四翼の流れを調整した。
飛ぶこと自体はできる。
それでも、相手と風の二つへ対処する戦いは、無駄が多かった。
※第52話「星の外へ」は全六回です。
続きます。
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