(二)雲の中
◆ 舞い上がる岩
大きな岩が一つ、二人の下から跳ね上がった。
さきほど崩した斜面へ別の岩が落ち、その衝撃で押し出されたものだった。
シアの右側をかすめ、背後へ抜ける。
赤い四翼の膜に触れた端だけが砕けた。
残った塊は、そのまま別の方向へ飛んでいく。
ネアはそれを避けながら黒い線を伸ばした。
岩そのものを月の力で消すことはできない。
周囲の原光へ方向を与え、岩が進む道から身体を外す。
その直後、シアが炎を放った。
ネアは黒い線を火へ向け直さなければならなかった。
同時に二つの問題へ対処することになる。
ネアが火の外側だけを横へ押す。
炎は逸れ、少し離れた岩の塊へ当たった。
岩がまた砕ける。
今度は小さな破片が広い範囲へ散った。
ネアが自分の通る線を確保すると、シアも防御膜を広げる。
どちらの膜も石では破られない。
だが、石を砕けば砕くほど、別の石が飛ぶ。
シアはネアを見失わないため、周囲の火を一度絞った。
強い出力を足して岩も相手もまとめて焼くことはできる。
しかし、それを行えば新しい崩落が増える。
少なくとも、目の前の黒い翼だけを狙うには都合が悪い。
ネアは先に、岩の飛んでこない上方へ位置を移した。
シアが追いつくまでのわずかな間に、下からもう一つ土煙が上がる。
ネアはそれを払おうとしなかった。
シアも岩を燃やし尽くすために戻らなかった。
あの場所で戦うから、余計な物が入り込む。
ならば、あの場所を離れればいい。
そうした判断だけが、二人をさらに高い空へ向かわせた。
◆ 地上から離れる
ネアが上昇する。
シアは、その真下から追った。
赤い火が伸び、黒い四翼が進路をずらす。
二人は互いの速度を保ったまま、岩の届かないところへ抜けていった。
山は、少しずつ小さくなる。
崩れた斜面を見下ろせば、粉塵の色だけが周囲の岩と異なっていた。
あの岩をどちらが砕いたのか、もう確かめる必要はない。
ネアの袖へ吹き付けていた粉塵が途切れた。
シアの防御膜にも、石が当たらなくなった。
シアが右手を伸ばす。
ネアはその手をかわすため、身体を斜め上へ動かした。
シアは火を噴き、すぐに追いつく。
ここには岩盤も崖もない。
二人とも相手の動きだけへ集中できた。
だが、互いを消すという結果には届かなかった。
シアはネアの身体へ触れられない。
ネアの黒い線も、赤い四翼の進路を少し乱すだけで止められない。
戦いは続く。
地上では、外れた火が山へ届いた。
ここでは、下へ逸れた火もすぐには何かへ当たらない。
それは二人にとって都合がよかった。
地面にいた人間や、そこに何が残るかを考えたわけではない。
余計なものが攻防へ割り込まなくなっただけだった。
ネアは、さらに上方へ視線を向けた。
そこには広い白い層が見える。
雲だった。
まだ、相手を消すために通るべき空間が続いている。
ネアが白い層へ入る。
シアも、その後を追った。
◆ 雲の中
白い雲へ飛び込んだ途端、周囲の輪郭が消えた。
さっきまで見えていた黒い四翼が、白の中へ沈む。
シアが目を向けても、ネアの姿は見つからなかった。
ただ、遠くから続いていたつながりだけは、今も前方の少し上を示している。
シアはその方角へ進んだ。
すぐにネアの姿へ届くと思ったが、何も現れない。
雲の中では赤い翼の光が周囲へ散り、光って見える範囲そのものが広がっていた。
自分の火が照らした白さのために、距離も分かりにくい。
ネアもシアの正確な位置を失っていた。
赤い原光の流れは大きい。
しかし、周囲へ広がった力の中心と、次に拳が伸びてくる場所は同じではない。
ネアは黒い線を短く伸ばし、自分の周囲の原光だけを動かした。
見えない場所へ大きく制御を広げれば、その隙間からシアが入ってくるかもしれない。
雲の内側で、赤い火が一度だけ閃いた。
ネアは反射的に身体を下げる。
少し離れた頭上を火が通った。
シアは、相手がいる方角へ撃っただけだった。
ネアは火の来た方向からシアを探す。
だが発射した本人は、すでに別の場所へ移っている。
ネアが黒い線を流す。
シアの進路にある原光がわずかに曲がった。
姿は見えないまま、シアの速度だけが変わる。
シアは赤い翼へ力を足して直進した。
互いに作用はしている。
それでも、どこへ攻撃を当てれば決着するかを見失っていた。
雲は谷の土煙よりはるかに広かった。
横へ抜けようとしても、白い水滴の層は続いている。
その内側で、シアは周囲の白さを焼いて道を作ろうとした。
※第52話「星の外へ」は全六回です。
続きます。
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