(一)精霊王が剣になる
◆ 故郷
セトが故郷の村へ着いたのは、翌日の昼を過ぎた頃だった。
山あいにある小さな村。
石を積んだ低い塀と、斜面に沿って並ぶ家々。
村の奥には、剣の稽古に使われる広場と、山へ続く細い道がある。
セトはシアを背負ったまま、村の中央を通った。
何人かの村人が振り返る。
傷だらけのセトと、背中で動かない赤髪の少女を見れば、当然の反応だった。
「セト?」
「戻ったのか」
「その子はどうした」
「後で話す」
足を止めずに答える。
今は説明よりも、シアを休ませる場所が必要だった。
村の奥にある古い家へ向かう。
扉を開ける前に、中から足音が聞こえた。
「遅い」
扉を開けたのは、セトの祖父だった。
白くなった髪を短く切り、年齢の割に背筋は伸びている。
セトの顔を見る。
続いて、背負われているシアへ視線を移した。
「何があった」
「魔剣を持った男に負けた」
祖父の表情が変わった。
「中へ入れ」
◆ 火のない部屋
シアは奥の部屋に敷かれた寝台へ寝かされた。
村の治療師が呼ばれたが、シアの体には人間のような傷が残っていなかった。
グラウスの魔剣に斬られた場所も、皮膚だけを見ればすでに塞がっている。
だが、体を起こす力がない。
指先へ赤い光を集めても、火になる前に消えてしまう。
「傷が治ったように見えても、動かす力そのものが足りていない」
治療師はそう言い、食事と休息を取らせるよう告げた。
精霊王に人間の治療がどこまで意味を持つかは分からない。
それでも、シアは運ばれてきた薄いスープを残さず飲んだ。
「食べられるなら、まだ大丈夫だな」
セトが言う。
「食べなくても消えはしない」
「なら、なぜ全部飲んだ」
「腹が減っていた」
「精霊王も腹は減るのか」
「人の姿なら減る」
声は弱いが、受け答えは普段と変わらない。
セトは寝台の脇へ座った。
自分の肩と脇腹にも布が巻かれている。
動くたびに痛むが、シアほど深刻ではない。
「祖父には、どこまで話す」
「全部だ」
「魔剣についてもか」
「ああ」
シアは自分の手を見る。
「その前に、セトへ話すことがある」
◆ 魔剣の正体
「魔剣についてか」
「ああ」
シアは寝台へ横になったまま、天井を見ていた。
「今まで、魔剣は力を蓄える剣だと説明した」
「人や魔物、精霊術から力を奪う剣だな」
「それは性質の話だ」
シアがセトへ顔を向ける。
「魔剣が、なぜ力を蓄えられるのかは話していない」
「知らなかったわけではないんだな」
「知識としては知っていた」
「なぜ黙っていた」
シアはすぐには答えなかった。
「魔剣を説明するには、その前に別の剣を説明する必要がある」
「別の剣?」
「精霊剣だ」
聞いたことのない言葉だった。
だが、グラウスの口にした神剣という言葉よりも、セトには身近なものに感じられた。
「精霊で作った剣なら、白刃もそうだろ」
「違う」
シアは首を横へ振る。
「白刃は、意思を持たない精霊をセトが集め、剣の形へ固定している」
「ああ」
「精霊剣は、精霊王自身が剣になる」
◆ 精霊王が剣になる
セトはシアを見た。
横になっている少女の姿と、剣という言葉がすぐには結びつかない。
「精霊王自身が?」
「ああ。人間が精霊王を剣へ変える術ではない」
「では、誰が変える」
「精霊王本人だ」
精霊王が自ら形を変え、人間へ身と力を預ける。
剣になった精霊王は、単に握られているだけではない。
属性の力と出力の制御は、精霊王が行う。
人間は、その剣を持って動き、相手との間合いを測り、どこへ振るかを決める。
「二人で一つの剣を使うようなものか」
「少し違う」
「どう違う」
「精霊王が剣で、人間が使い手だ。だが、どちらかだけが戦うわけではない」
精霊王は、自分の力を自分の意思で動かす。
人間は、その力を持った剣とともに体を動かす。
どちらかが一方的に従うものではない。
「白炎も二人で使っていた」
「白炎は、わたしが外から白刃へ火を乗せているだけだ」
白炎で強くなるのは、基本的には剣だけだ。
セト自身の体が、精霊王と同じ速さや強さを得るわけではない。
「精霊剣は違う。剣だけではなく、使う人間の体にも力が流れる」
「身体能力まで上がるのか」
「ああ」
「それなら、白炎よりも強い」
「普通はな」
◆ 信頼
「誰でも使えるのか」
「使えない」
シアは迷わず答えた。
「精霊王が、自分で使い手を選ぶ」
「選ばれなければ?」
「剣にならない」
「無理に変える方法は?」
「ない」
シアは少し考え、言い直した。
「少なくとも、それは精霊剣ではない」
人間が力で精霊王を従わせ、剣へ押し込めるものではない。
精霊王自身が相手を信頼し、自分の体と力を預ける。
そこに人間側から強制できる手順は存在しない。
「グラウスが言っていた条件とは、それか」
「たぶん」
シアがセトへ大きな炎を渡した時。
セトをかばって魔剣に斬られた時。
グラウスは、条件が揃い始めていると言った。
「お前が俺を信頼していると、あいつは考えた?」
「ああ」
「実際は?」
シアは黙った。
「なぜそこで黙る」
「信頼が何か、よく分からない」
「知識にはないのか」
「精霊剣には信頼が必要だという知識はある」
だが、何をすれば信頼したことになるのか。
どこからが信頼で、どこまでは違うのか。
それは継承される知識ではなかった。
「相手をかばえば信頼なのか」
「それだけではないと思う」
「大きな力を渡せば?」
「それだけでもない」
「では、何だ」
「分からないと言っている」
「俺にも分からない」
二人はしばらく黙った。
※第9話「二刀と精霊剣」は全八回です。
続きます。
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