(七)故郷への道
◆ 残された二人
グラウスが歩き出す。
「待て!」
セトは追おうとした。
一歩目で脚が崩れる。
白刃を地面へ突き立て、辛うじて倒れるのを防いだ。
グラウスは振り返らない。
「次は、もう少しましな剣を見せろ」
そのまま古い街道の先へ消えていく。
姿が見えなくなっても、セトは白刃を消さなかった。
追えない。
分かっていても、剣を下ろすことができない。
「セト」
シアの声がした。
振り返る。
シアは地面へ片手をつき、立ち上がろうとしていた。
腕が震えている。
セトは白刃を消し、すぐに駆け寄った。
「動くな」
「追わないのか」
「今は無理だ」
「わたしなら、少し休めば――」
シアの手に赤い光が集まる。
火にはならない。
光はすぐに消えた。
「少しでは戻らない」
シアは自分の手を見た。
◆ 奪われたもの
シアの力は、すべて失われたわけではなかった。
意識はある。
人の姿も保っている。
だが、立ち上がるための力すら十分に残っていない。
「どれくらい奪われた」
セトが尋ねる。
「分からない」
「戻るのか」
「火は、また集まる」
「どれくらいかかる」
「分からない」
同じ答えが続く。
シア自身も、ここまで大きく力を奪われた経験はない。
知識として、精霊王の力が失われることは知っている。
だが、自分の体で経験した記憶はなかった。
「先代も、あの剣に力を奪われたのか」
「ああ」
シアは、グラウスが消えた方向を見る。
「たぶん、同じように」
「同じじゃない」
「なぜだ」
「お前は生きてる」
シアがセトを見る。
「だから、同じにはしない」
◆ 背負う
セトはシアへ背中を向けた。
「乗れ」
「歩ける」
「立ててもいないだろ」
「少し休めば歩ける」
「その少しを、ここで待つ気はない」
「どこへ行く」
「俺の故郷だ」
シアが黙る。
「ここから近い。休める場所もある」
「セトの一族がいる?」
「ああ」
「白刃と黒刃を教えた者も?」
「祖父がいる」
シアは少し迷ってから、セトの背中へ腕を回した。
力が入らず、腕がすぐに下がりそうになる。
セトはシアの脚を支え、立ち上がった。
肩の傷が痛む。
脇腹にも熱が残っている。
それでも歩けないほどではない。
「重いか」
「軽すぎる」
「それは失礼だ」
「そういう意味じゃない」
◆ 二人の敗北
古い街道を戻る。
大会会場へ戻れば、倒れた剣士や魔剣の持ち逃げについて説明を求められるだろう。
だが、今はシアを休ませる方が先だった。
「セト」
「何だ」
「負けたな」
「ああ」
「二人で戦っても、負けた」
「そうだな」
「大会では勝った」
「あいつは大会の相手より強い」
「それだけか?」
セトは答えなかった。
力の差だけではない。
グラウスは白刃と黒刃を知っていた。
同じ形の剣を使い、二本を同時に扱った。
セトの技が何をするのか、作る前から理解していた。
一方、セトはグラウスのことを何も知らなかった。
魔剣の力。
同じ剣状精霊術。
神剣という聞き慣れない言葉。
そして、グラウスが待っているという何か。
「次は勝つ」
セトが言った。
「どうやって」
「それを考えるために、故郷へ戻る」
◆ 揃い始めたもの
シアはセトの背中で目を閉じた。
「グラウスは、何を待っている」
「分からない」
「条件が揃うと言っていた」
「ああ」
「わたしがセトへ火を渡した時に言った」
「お前が俺をかばった時にもな」
「人間へ力を渡すことと、人間をかばうこと」
「それが何かにつながるらしい」
「先代は、グラウスに力を預けなかった」
シアの声は小さい。
「だから殺したのかもしれない」
セトは足を止めなかった。
「お前は、あいつへ力を預ける必要はない」
「分かっている」
「俺にも、無理に預けなくていい」
少し間があった。
「今日は預けた」
「ああ」
「セトなら持てると思った」
「持ち切れなかったけどな」
「途中までは持った」
「慰めになってない」
シアの腕に、わずかに力が戻った。
セトの肩へつかまる。
「次は、最後まで持て」
「簡単に言うな」
◆ 故郷への道
夕方が近づいていた。
街道の先に、低い山並みが見える。
その向こうに、セトの故郷がある。
白刃と黒刃を受け継いできた一族。
セトが離れていた場所。
そして、グラウスと同じ剣状精霊術について、何かを知っているかもしれない場所。
「あとどれくらいだ」
シアが尋ねる。
「このままなら、明日の昼には着く」
「遅い」
「お前を背負ってるからな」
「下ろせば速くなる」
「歩けないだろ」
「セトが火を使えば速くなる」
「お前の火は出ないだろ」
シアは黙った。
「今は休め」
「眠ったら落ちるかもしれない」
「落とさない」
「どうして分かる」
「分かるからだ」
「理由になっていない」
「お前も、俺なら火を拾うと思ったんだろ」
しばらく返事がなかった。
やがて、シアの額がセトの背中へ触れる。
「なら、落とすな」
「ああ」
セトは傷の痛みをこらえながら、故郷へ続く道を歩いた。
二人で初めて戦い方を作り上げた直後に、二人は初めて完全に敗れた。
シアの火は奪われた。
セトの剣は届かなかった。
それでも、背中にある重みだけは失われていなかった。
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