(二)原光の供給
◆ 直線の拳
シアの右拳が、ネアの顔へ迫った。
飛び出した瞬間、四翼の後方へ炎が噴き出している。自由飛行だけでも近づけたが、加速するためにさらに火を使った。
地面を蹴らず、空中から直接放たれる一撃だった。
ネアは拳へ手を出さなかった。
身体を右へ滑らせる。右拳が、先ほどまで顔のあった場所を通り過ぎた。
風圧に長い袖が引かれる。
シアは拳を振り抜いた姿勢のまま、左の四翼へ火を流した。
空中で身体が回る。
その回転を使い、今度は右脚でネアの胴を狙った。
地面へ着地して構え直す時間はいらない。拳から蹴りへ、移動した速度を残したままつなげられた。
ネアの周囲へ黒い線が伸びた。
蹴りにまとわりつく炎の外側が、わずかに下へ引かれる。
しかし、脚そのものの向きはほとんど変わらない。
ネアは自分の位置も後方へ移し、踵が届く直前に間合いから抜けた。
蹴りは衣装の裾をかすめて通り過ぎた。
シアが踏みとどまろうとしても、そこに地面はない。
代わりに四翼の流れが身体を止める。
ネアは横へ間合いを開いた。
シアはすぐに正面へ向き直る。
どちらも地面を蹴らず、崩れた姿勢を取り戻すのに落下を待つ必要もなかった。
拳を正面から受ければ、そこへ重ねられた火まで受けることになる。
ネアはそうしなかった。
シアも、避けられたからといって攻撃を中断しない。
最初の一撃で、互いの戦い方だけは明確になった。
赤は近づく。黒は受けずに外す。
シアがもう一度前へ出た時、ネアはすでに次の逃げ道へ身体を動かしていた。
◆ 空中の間合い
シアが追う方向を変えるたび、ネアは高さをずらした。
右へ抜けると見せて下へ沈む。シアの拳が下を向いた瞬間には、黒い翼が斜め上へ移っている。
地上であれば、踏み込める方向には足場の制限がある。今の二人には、その制限がなかった。
シアは炎の噴射で無理に曲がった。
大きく回り込むより、短い軌道を何度も折って接近する。
ネアは真正面から逃げ続けなかった。シアの移動方向が決まる寸前を選び、そこから外れる。
一度、シアの拳がネアの左側へ伸びた。
ネアは身体を下げる。
だがシアは拳を途中で止め、肘を曲げたまま自分の身体を下へ運んだ。
打撃を伸ばして追うのではなく、身体ごと位置を合わせる。
ネアの目の前へ、曲げた肘が来た。
黒い四翼が一度大きく広がり、ネアの身体を斜め後ろへ送った。
肘の先が羽衣の端をすり抜ける。
ここまで近づかれるとは、ネアも予想していなかった。
だが、完全に捉えられたわけではない。
シアが体勢を整えるより先に、ネアは上下を入れ替えて距離を取る。
肘を振ったシアの方もすぐに反転したが、次の一撃へ移るにはわずかな間が必要だった。
空中には壁も足場もない。
だから、相手を端へ追い詰めるという考えが通用しない。
シアはそれを感じ取りながらも、接近をやめなかった。
ネアも、距離を取り続けるだけでは終わらないと知っていた。
シアの直線的な加速は速い。動き出す瞬間を外しても、その次に四翼が向きを変えればすぐ追いつかれる。
移動だけでなく、その加速を生む流れへ手を加える必要があった。
◆ 原光の供給
ネアはシアの四翼へ目を向けた。
翼の面だけではない。その外側から、原光が絶えず流れ込んでいる。
シアが炎を放つたび、減った分が周囲から補われていた。
ならば、補われる前の流れを動かす。
ネアが指先を横へ払う。
黒い細線がシアの進路へ伸び、四翼へ入ろうとする原光を左右へ分けた。
火の精霊力へ直接触れるより手前の場所だった。
シアが踏み込むように前へ加速する。
しかし、伸びるはずの速度がわずかに鈍った。
四翼へ入る原光が減っている。
後方へ火を放つ流れが、いつもより細い。
ネアは距離を測った。
相手の腕が届く前に、その外側へ抜けられる。
先ほどまでより、時間に余裕ができていた。
そこでネアは、左右へ分けた原光をさらに外へ流した。
奪って自分のものにしたのではない。シアが取り込もうとした場所から、別の方向へ逃がしただけだった。
それでも進路には一時的に薄い領域ができる。
シアは空中で止まりかけた。
だが、すぐに赤い四翼が開き直る。
速度が落ちたことを理解したように、身体の後ろへ別の火が集まった。
ネアの操作は、確かに効いた。
外側の供給を減らせば、シアの加速は鈍る。
問題は、その状態がどこまで続くかだった。
ネアは黒い線を維持しながら、自分の身体をさらに横へずらした。
今度こそ十分に離れたはずの間合いへ、赤い光が再び伸び始めていた。
※第51話「互いを消す」は全六回です。
続きます。
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