(六)さらに下へ
◆ 押し付けられる王
氷の精霊王が冷気を放つ。
ネアへ届く前に、その力も下へ曲がった。
白い霧は地面へ流れ、薄い氷の層を作る。
晶の精霊王が結晶の槍を伸ばす。
槍へ送った精霊力も、形成の途中で下へ落ちた。
結晶は低い突起にしかならなかった。
二人は立ち上がれない。
腕を持ち上げても、すぐに地面へ引き戻される。
氷の精霊王の白い身体に亀裂が入った。
晶の精霊王を覆う透明な殻も、内側から割れ始める。
「これは……重さではない……」
晶の精霊王が言った。
初めて、目の前で起きていることへ意識を向けた。
だが、次の瞬間には、また地面へ手を伸ばす。
「形を……作らなければ……」
光の影響で狂っていても、消滅への恐怖がないわけではない。
それでも、自分を守るより先に役割を続けようとする。
氷の精霊王も顔を上げた。
「寒さは……必要だ」
自分を押し潰す力の中でも、同じ言葉を繰り返している。
ネアは答えなかった。
以前のネアなら、二人の状態を見ていた。
光の影響を取り除けないか。
動きを止めて拘束できないか。
消滅させずに済む方法がないか。
今は、何も考えなかった。
別の精霊王がいる。
自分ではない。
ならば、消せばよい。
ネアは、もう一度手を上げた。
◆ さらに下へ
二個の分霊核が、ネアの左右へ並ぶ。
本人と二個の器が、四翼を通じて一つの循環へ入る。
三つの場所から黒い線が伸びた。
線は氷の精霊王と晶の精霊王へ向かうのではない。
周囲一帯へ広がり、その場にある精霊力をまとめて捉える。
一度目よりも広く。
一度目よりも深く。
地表だけではない。
地面の下を流れる力まで、同じ方向へそろえる。
氷の精霊王の身体が震えた。
晶の精霊王の殻が、さらに厚くなる。
二人は残る力をすべて防御へ回している。
それでも、その力自体がネアの操作から逃れられない。
防御を強めるほど、下へ流される力が増えていく。
氷の精霊王の腕が地面へ沈む。
晶の精霊王を包む結晶が、内側から押し広げられ、砕けた。
「なぜ……形が、保てない……」
晶の精霊王の声が揺れた。
自分の作った構造が、外から壊されているのではない。
構造を保つ力そのものが下へ奪われている。
理解できないまま、新しい結晶を重ねる。
作るたびに、下へ流される力が増えた。
氷の精霊王も、地面へ広がろうとする。
「止まれ……寒さは、止めるものだ……」
自分の身体さえ止められない。
ネアが手を下ろす。
「下へ」
その場の精霊力が、さらに強く落ちた。
二人の身体が地面へ押し潰される。
氷の精霊王の人の形が崩れ、白い光となって大地へ広がった。
広がろうとした光も、すぐに下へ流される。
晶の精霊王は身体を結晶へ変えようとした。
透明な層が何重にも生まれる。
そのすべてが内側から砕けた。
「形を……まだ……」
女性の声が、砕ける音へ紛れた。
結晶の間から、精霊力が地面へ引き抜かれる。
氷の精霊王の声も、もう聞こえなかった。
白い光も、透明な光も、黒い線に沿って大地へ沈んでいく。
最後に残った人の形が、同時に潰れた。
氷の精霊王は消滅した。
晶の精霊王も消滅した。
◆ 残ったもの
精霊力の流れが静まる。
ネアは手を下ろした。
凍った大地は残っている。
完成していた結晶も、消えてはいない。
植物も岩も潰れていなかった。
精霊王だった二人だけが、そこから消えている。
二人が光の影響で狂っていたことを、ネアは知っていた。
本来なら、原因を取り除く方法を探すべきだった。
それでも、何も感じなかった。
狂っていた。
だから何だというのか。
自分ではないものが二つあった。
それを下へ流した。
ただ、それだけだった。
黒い四翼は開いたままだった。
二個の分霊核も、左右を静かに漂っている。
四翼は周囲の原光を取り込み、ネアの外側にまで大きな循環を作り続けている。
先ほどまで消耗していたはずの身体は、すでに満たされていた。
それでも、その力が何に使えるのかを確かめようとは思わなかった。
残る分霊核を探しに来たことも覚えている。
だが、その目的さえ、今は遠いものに感じられた。
「私は、ネアです」
もう一度、名前を口にする。
その名前は消えていない。
セトも、シアも覚えている。
だが、どちらも遠く感じた。
自分ではないもの。
世界に残る別の流れ。
今は、それ以上の意味を持たなかった。
ネアの身体が、静かに地面から離れる。
黒い四翼は羽ばたかない。
長い袖と裾、羽衣だけが遅れて浮き上がる。
次の瞬間、ネアは空へ上がった。
どこへ向かうのかも、まだ決めていなかった。
地上には、氷と結晶だけが残された。
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